写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。雑記も載せています。

14 ソウル到着(2000年1月10日)

 さて、ソウルに着いてからの話です。ソウル駅をうろうろしたあと、地下鉄1号線に乗ります。この1号線だけが日本製です。

 

 きっぷを買うとき韓国人に話しかけられました。どうも地下鉄のキップの買い方がわからない様子ですが、そんなもの説明できません。このあと、たった一日半で4回も道を尋ねられたり、地下鉄の下車駅を聞かれたりしました。

 

 韓国人は道を誰にでもすぐ聞くのかも知れませんし、私が一人ですたすた歩いているので道を聞きやすかったのかも知れませんが、でも明らかに韓国人ぽくない私に聞くのは変です。言っていることもよくわかりませんし、たまにわかっても説明できなかったり、知らないところだったりして一度もまともに答えられず、「わかりません」というのが精一杯でした。

 

 鍾閣駅で降りてみました。ソウルは割合あちこちに地下街が発達しています。このあたりを鍾路区といいますが、この辺りの地理が一番よくわかっていますし、航空券を予約した旅行社もここの近くなので、この辺りに泊まることにしました。

 

 ですがこれ、という宿泊先がありません。ホテルよりも旅館が安くていいかな、と思っていたのですが、とりあえずガイドブックに載っている中で一番良さそうな旅館を探します。仁寺洞という骨董品街のところにある旅館を目指しました。この通りは「パゴダ公園」から「光化門」方面に斜めに伸びている道路沿いです。

 

 ホテルを見つけましたが、「ホテル」(かっこうつけてそう名乗っていたが、「旅館」の表記もあった)の「ホ」のハングルの字が書き換えられていて「モーテル」になっています。駐車場もないし、さては経営難で連れ込み宿になったか、と思い、いったん昔泊まった旅館に行ってみようと思いました。しかしそこは噂通りなくなっていて、サウナのビルが建っていました。あの辺りのこじんまりしたたたずまいが好きだったのに、残念なことです。

 

 さっきのホテル(モーテル?)が割合いい建物だったので、この際泊めてくれるならまあいいか、と思って思い切って行ってみると、OKでした。韓国式のオンドル部屋があって、2日で8万ウォン。部屋は少し古いかな、という気がしたもののきれいでした。テレビもあるし、バス・トイレは清潔で日本並み。文句なしです。ただ、あとで気づいたのですが、テレビの映りが悪く、見たい番組が見られなかったのは残念でした。

 

 今日はこのくらいで。このあとソウルの街をうろうろしますが、それは次回に。