写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。雑記も載せています。

11  新丹那トンネル記録動画

  テレビを見なくなって久しく、youtube漬けとも言える日々ですが、youtubeというのは何でもあるもので、例えば、テレビだと放映できない山口組関連の映像も載っています。ヤクザはこんな儀式をするのか、と興味深く見たります。決してお近づきにはなりたくないですが。また、創価学会などの宗教団体の映像もテレビでは見ることがないもので、興味深いものです。

 

  一方で、商業ベースに乗りにくい、大昔の記録映像も載せられていたりします。これまたテレビではまず見ることができません。あれこれ見ている中で、「新丹那トンネル」掘削の記録映画を見ることができました。通常、youtube動画は飛ばし飛ばしで見ることが多いのですが、この映像は最初から最後まで飛ばさずに見ました。

 

 工事現場は「新幹線」ではなく、「弾丸鉄道」と表示されていますね。戦前すでに「弾丸列車」構想があり、一部工事が始まっていたそうです。戦後高度成長期に、それを利用して東海道新幹線が建設されたのですが、この新丹那トンネルも一部工事が始まっていたそうです。

 

 私があれこれ感想を書くより映像を見ていただいた方がいいのですが、今から約60年前、大変な苦労の末建設されたことがよくわかります。あるいは温泉地下水噴出のなか、ずぶ濡れになりながら作業する。あるいは軽装でドリルをかける、この程度の格好で大丈夫だったのかな、と思いますし、「白ろう病」にならなかったのかな、とも思います。危険な作業、不安定な足場でのシーンも多く、まさに命がけ。コンクリートの打ち込みではコンクリートを足でならしています。こんなことをしていたのだ、と思います。地層が複雑だ、ということは聞いていましたが、工事区間によって岩盤あり、泥土地帯あり、と、確かにさまざまです。

 

 戦後、1960年前後の映像ですから、ある程度の機械化は進んでいるのですが、現在に比べると、まだまだ人力に頼る部分が大きかったのでしょう。在来線の丹那トンネルの掘削経験があったから比較的容易に掘削できた、とされることが多いのですが、それでもそれでも苦労の連続だったようです。21名の犠牲者が出たのだとか。戦前の在来線丹那トンネルの掘削はもっと想像を絶する大変さだったのでしょう。

 

 私は文科系の人間ですから、60年前の技術水準でもよくこれだけの緻密な工事ができたものだ、という感慨を持ちます。また、私の仕事とは全然違った類の苦労ですから、自分にはできない、と思いますが、でもこういう苦労をした人が別の職に就くとそれはそれで違った苦労をして参ってしまうことがあるそうですね。一概に比べられないのかも知れません。

 

 今はもっと機械化や技術も進んだのでしょうが、それでも今もどこかでトンネルを掘ってる方々がいるのでしょうね。

 この映像はこれまで埋もれていたのでしょうが、youtubeのおかげで見ることができましたす。載せる価値もない、くだらない映像も多いなか、このような価値ある映像は長く残して欲しいものです。

www.youtube.com

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