今回取り上げる歌手は文珠蘭(문주란 ・ムン・ジュラン)という歌手です。この人は私が韓国を興味を持ち始めたころ、1982年に「東京音楽祭」に出演し、「遠い星」という歌で最優秀歌唱賞をとりました。その後、しばらく日本で活動したようですが、まだ韓国への一般の関心が低い時代で、成功したとは言えず、韓国に戻ったようです。ですが私が意識して知った最初の韓国歌手のひとりとなりました。
この人、韓国版ウィキペディアを検索して翻訳にかけてみると、自殺未遂・劇場での火災による負傷・暴行拉致事件・放送停止処分・交通事故とかなりの激動の人生を歩んでいます。この時代の韓国人というのは、芸能人でも一般人でも、多かれ少なかれ激動の人生を歩んでいる人が多いのでしょうが、なかなか大変そうな人生です。
さて、今回取り上げる歌は、彼女の代表的なヒットだという「空港の別れ」です。1974年(72年という記述も見かけました。どちらが正しいのでしょうか?)のヒット曲だそうですが、歌そのものは二昔前のトロット(韓国演歌)で、特段興味を惹かれるような歌ではありません。類型的な韓国歌謡、といったところです。
ですがミュージックビデオ、というか、youtubeにアップロードされている映像、この映像が興味深いのです。当時この映像が何のために使われたのか、テレビか映画館で流されたのか、私はよく知りませんが、空港で撮影されたものです。
当時発展途上国であった韓国の空港(金浦空港?)でのロケ映像。空港の敷地内で黄色いドレスを着た彼女が歌っているのですが、これがいかにも「敷地内」という言葉がぴったりな場所で、そんなところに不釣り合いな格好をして歌っているので、なんとも場違い、チグハグ感満載です。
ゲートに寄りかかって歌ってもちっともロマンチックではないし、うしろではボロっちいバスが通り過ぎていく。空港の建物は二階建てで、田舎の空港然としていますし、飛び立つ大韓航空の飛行機は垢抜けしていません。なんともシュールな映像に仕上がっています。
間奏中、彼女が物憂げに道路上を歩いている場面でも、後ろに脇から道路に上がろうとしているおばさんの姿が見えてしまいます。気まずそうにすぐ飛行機の映像に切り替わるところがまた味わい深いのです。
せめて衣装をこんな派手なドレスではなく、コートを着てスーツケースでも持って歌えば、多少は雰囲気が出たと素人の私でも思うのですが、当時の韓国の映像制作者は、それくらいのこともわからなかったのか、と思います。
衣装もロケ場所も予算その他の制約があって、こういう今見ればシュールで面白い映像になっているのですが、当時は大真面目に作っていたのでしょう。これが当時の韓国の限界、というところだったのでしょう。
当時の韓国で、どうもこの手の歌を歌っている歌手の映像が結構作られたらしく、youtubeに結構アップされています。以前見たものには高速道路のパーキングエリアらしきところで派手なチマチョゴリ姿の歌手が演歌を歌っている映像もありました。他にもいくつか場違いな格好で歌を歌っている映像を見つけることができます。
当時の懐かしい風景と歌、ミスマッチな衣装が楽しめる1970年代の韓国ミュージックビデオ、もうちょっと発掘してみたいと思っています。