写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。雑記も載せています。

84  「ネチズン」という言葉について

   今回の選挙を見ると、ネット選挙の時代といっていい時代だと思いますが、先日来時々登場する私の数ない知人氏は「ネット市民」=netizen(ネチズンという言葉を持ち出していました。知人氏が「ネチズン」という言葉をどこで知ったかよくわからないのですが、現在の日本の政治状況を示すために使われる用語としての使用例は私の知る限り、ないようです。日本で「市民」という言葉は1970年代あたりの革新陣営あたりでよく使われた言葉のように思います。日本では「ネトウヨ」=ネット右翼という言葉があるように、ネットは右派や保守派と親和性が高いと見られがちです。

 

 ということで、日本ではあまりお目にかからない「ネチズン」ですが、「インターネット市民」とりわけ政治的なニュアンスでのこの言葉は、2000年代初頭の韓国で既に使われていました。

 

 韓国の場合、IMF危機からの脱却の過程でIT化が急速に進み、2000年代初頭の金大中政権下で「IT先進国」といわれるようになっていましたが、民主化運動に参加した政治意識の高い層がこのときまだ30代だったので、この両者が結びついて「ネット市民」=「ネチズン」と呼ばれる層が生じていました。ほぼ私と同世代です。2003年だったか、左派系の盧武鉉政権が誕生したとき、ノサモ(「盧武鉉を愛する集まり」の略称)というネット上の支持団体ができ、これが盧武鉉氏を大統領に押し上げた、と言われていました。ですが盧武鉉権の失速とともに勢力を失い、また、「ネチズン」という言葉も最近は聞きません。死語になってしまったのでしょうか? 

 

 日本の場合、韓国の民主化運動の主役となった「386世代」(30代で80年代に民主化運動にかかわった60年代生まれ)に相当するのが団塊の世代ですから、ネットとの親和性が薄いわけです。

 

 ネットが政治に影響を与えるようになったのは、デジタルネイティブといわれる世代が30代になったころからでしょうから、韓国より20年ほど遅れているし、その影響の与え方も韓国とはその様相がだいぶ違っています。

 

 韓国の2000年代におけるネットの政治的影響力と、日本の1970~80年代におけるテレビの政治的影響力について比較してみようと思って気づいたのですが、日本の場合はその影響力が限定的です。

 

 テレビ時代からネット時代に移り変わりつつありますが、メディアの力を利用したかつてのタレント議員がユーチューバー議員に代わりつつあるのかもしれない、という程度です。今回の選挙も参議院比例区あたりではミニ政党の候補者の当選に影響力がある程度見られるが、政治そのものを大きく動かしているか、といえば、そうとは思えません。

 

 テレビ時代も政権をひっくり返すほどの大きな力を発揮することは皆無ではなかったにしろ、メディアの政府批判が強い割には自民党政権を打ち倒す力は韓国などと比べると相対的に弱かったようにも思います。

 

 ネット時代に左派色の強い「ネチズン」が日本に生まれるか、といえば、どうもそういいう兆候はないようですね。