写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。雑記も載せています。

82  またまた兵庫県斎藤知事と立花孝志氏について

 この問題について書くのは実は気が重いのですが、それでもまたまた書いてしまいます。 

 

 相変わらず兵庫県政をめぐる動きがカオス状態のようです。斎藤元彦知事のパワハラ疑惑などを調査している県議会百条委員会の中心メンバーのひとりだった竹内英明氏が昨月の知事選挙の直後、誹謗中傷などを理由に議員辞職していましたが、1月に自殺してしまいました。県民局長氏に続き、この問題をめぐってまた犠牲者がひとり出たわけです。本当に闇の深い問題になってしまったな、という感があります。

 

 斎藤氏本人を巡っては、相変わらず擁護派と批判派に分断されています。関連ニュースが出ると、コメント欄には両者の全く異なるコメントがあふれます。

 

 私自身は、前回記事を書いた後もあまり考えが変わることがありません。「火のないところに煙は立たない」と言いますが、控えめに見ても、斎藤氏が若くして知事になり、思い上がったのか、あるいはナメられまいとしたのか、居丈高な言動があったようです。それが年上の幹部職員にはカチンとくるところがあり、告発文書が出回った、というところではないでしょうか。

 

 「思い上がった」のと、「ナメられまいと思った」のとでは結構違うと思いますし、後者なら多少同情の余地はあると思いますが、いずれにせよ、この人に限らず、私が若い政治家、特に行政のトップに懐疑的なのは、こういうことが起こりがちだからです。

 

 あと、斎藤氏はいい意味で「おしゃれ」、悪く言うと、「格好つけ」なのでしょうね。それ自体は悪いことではないのでしょうけど、どうもそれが今回悪い評判に影響を与えているように思うのです。

 

 本当は斎藤氏が辞任するか落選するかしてリセットできればここまでこじれなかったのでしょうが、再選されてしまったわけです。これはもう済んだことで仕方ありません。

 

 さて、ここに来て2つの論点をあげたいと思います。一つは、「立花孝志氏」の言動についてです。この人が兵庫県政界に与えた影響、ひいては日本政界全体に与えた影響は悪い意味で非常に大きいと思います。いわゆる「二馬力選挙」、これがどの程度斎藤氏の再選に影響を与えたのか、というのはなかなか計り知れないところもありますが、この立花氏の言動のニュースを見るたび、なんとも嫌な感情が沸き起こります。

 

 この人のやっていることを規制しなければいけないとは思うのですが、行き過ぎると社会全体の言論の自由そのものを締め付ける結果になりかねません。そういう意味で立花氏が「鬼っ子」になってしまっています。竹内元県議の自殺についても「竹内氏は県警から任意の事情聴取を受けていた。近く逮捕される予定だった」と発言し、県警本部長に否定され、デマであることが露呈しました。

 

 これは単に立花氏本人の問題だけではなく、この人を支持する人が一定数いる、ということころが問題なのだと思います。

 

 昭和の頃もあちこちの選挙に立候補して奇矯な言動を繰り広げる泡沫候補がいましたが、彼らは当選することがなく、全くの泡沫候補として黙殺されていました。

 

 ところが、立花氏が参議院議員に当選し、一回だけならともかく、NHK党は参議院で2回も当選者を出してしまい、世の中の底が抜けたのだと思います。竹内氏を自殺に追い込んだのも、NHK党支持者とは限りませんが、立花氏本人だけではなく、それに扇動された人たちだったのでしょう。

 

 もう一つ、立花氏は竹内元県議の自殺について、「この程度で亡くなるんだったら、政治家、本当にやめたほうがいいんですよね」と言い放ったそうです。私はメンタルの弱い方ですが、こういう発言は看過できません。

 

 竹内氏とて世間一般からすれば決してメンタルの弱い方ではなかっただろうし、それがこうして自殺に追い込まれるという事態は異常です。こういうことが続けば、メンタルの弱い人は政治家になることはもちろん、政治について発言することすら憚られる雰囲気なってしまいます。

 

 実はこの記事も零細ブログとはいえ、ネット上にさらされる以上、誹謗中傷にさらされる危険性が皆無ではないかもしれません。それなりの覚悟を持って書いています。そういう覚悟を持たないと発言できないというのは、人々を政治から遠ざけてしまう結果を招くのではないでしょうか。その意味で、立花氏というのは改めて倫理的に罪深い人だな、と思います。