私が住んでいる北海道の話ですが、以前住んでいた町では、4月末の桜から始まり、続いて5月後半のライラック、そして6月初旬までキングサリの花が咲きます。北海道の冬は長く、春の訪れは遅いですから、この時期を毎年待ちわびているわけです。
ところが4月から住んでいる町には、桜とライラックはあるのですが、「キングサリ」の木は見かけません。桜とライラックがあるだけマシなのですが、それでもそれに続く花が見られなくなり、わざわざ前に住んでいた町に行ったり、昨日の記事のように札幌周辺でキングサリの花が咲いていないか、わざわざたずねて回ってみたりするわけです。
今住んでいる町は衰退都市で、町中が「シャッター通り」と化していて殺風景です。そういうわけですから、歩道脇で荒れ果てている花壇に勝手にキングサリの木を植えてやろうか、と思ったりしました。
もちろん本気ではありませんでしたが、冗談でその話を数少ない知人氏にしたところ、「花壇に勝手に木を植えることはできない」と返されてしまいました。当たり前なのですが、そう生真面目に返されるのも困ります。
で、その後、知人氏の住んでいた町で市議会議員の選挙があったという話になりました。私もその知人氏も、地域に根付いていないので、地縁がありません。地域の議員とあれこれつながる、ということがなく、知人氏は反権力派なので、自民党以外から選んだとのことでした。
私はそこまで反権力派ではありませんが、それでも選挙の時はイデオロギーで選んでしまう傾向があります。ですから身近な基礎自治体の地方議員ほど無所属議員が多くて選ぶのに困る、ということになります。以前郡部に住んでいたときなど、町議選の時が一番投票先に困りました。
今度住むことになった町の市議選がいつあるのか知りませんが、きっとまた投票のとき困るのではないかと思います。
街路樹の話と市議選の話、そういう2つの話が結びついてふと思ったのですが、私のような生活を送っていると、街路樹のことなんか自分ではどうにもならない、と思ってしまいがちです。
ですから勝手に木を植えてやろうか、なんて突飛な発想を冗談で口に出してしまうだけで終わるわけですが、こういうのは選挙に行く行かないとは別の政治的無関心なのかもしれません。
本来、市議会議員に街路樹を整備するよう働きかけて、動いてくれた議員に投票する、というのが本当の地域参加なのかもしれないなあ、と考えました。地方議員など、イデオロギーよりも、本当は自分たちにとって利益となる活動をしているか、という基準で選ぶべきなのかもしれません。
地方政治など、そういう観点で見ていかなければならないものなのかもしれないです。
ここまで書いたように、私は政治家と話をしたり、ましてや何らかの要望を伝えたりしたことはないわけですが、皆さんは、地域の議員と政治的な話をしたり、要望を出したりしたことがありますか?