昨日、高市早苗氏の「働いて、働いて」発言で、世の中の空気が変にかわらなければいいがなあ、という主旨のことを書きました。たまたま中高年の多いマラソン大会の記事を見たので余計そう思ったのですね。
私の数少ない知人氏は60歳ですっぱり仕事を辞めて、再就職も何もせずに、それこそ登山やマラソンなどに励んでいるらしいです。半分元気だなあ、と思い、半分は働かずにこういうことができる資産があるのだろうなあ、と思います。正直なところ、健康にもお金にも恵まれて、結構なご身分だなあ、という嫉妬を感じてしまうわけです。
私など、マラソンなり登山なりは自分からやることはなく、学生時代などに行事でやっただけですが、若いときですら、きつくてこりごりでした。というか、マラソン大会は途中で歩いていたし、20代のとき、登山をする機会があったのですが、途中で気分が悪くなったことがあります。人並み以上に体力がないので、余計そう思うのでしょう。そういうものが好きな人、体力ある人しかできない趣味だよなあ、と思います。
そして高齢者になってもそういうものをやっている人がよくわからないわけです。マラソンなり登山なりは相当しんどいはずなのに、ストイックだなあ、物好きだなあ、としか思えないのですね。
私はエピキュリアン的な人なので、このブログでも旅行と食べ物の話が多く、スポーツの話はほとんど書きません。たまに書いても数記事、それも批判的なことを書いた覚えがあります。
まあ私は極度の運動音痴なので、スポーツを楽しめないだけで、人並みの運動神経があれば競技スポーツなどはそれなりに楽しいのかもしれない、と思うのですが、一方で、禁欲的で苦行を楽しむような世界がよくわからないのです。苦行に耐えることがある種の快をもたらすという倒錯した感情をもたらすのかなあ、と想像するしかないです。修道院や仏道修行に一生を費やす人もいますから、そういう世界があるのだろうな、と考えたりします。
そういう話を知人氏にすると、「ストイックではない」といわれるのですが、私などからすれば十分ストイックなわけです。登山など「そこに山があるから」の世界なのかなあ、と思ったりします。
まあ私は若いときから体力がないので、人それぞれだけど年を取ってまで登山やマラソンをする人の気持ちがわからないなあ、と思ってしまったのでした。