写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。雑記も載せています。

04  今年、2026年って丙午(ひのえうま)の年なんですね…

 今年、2026年は「午年」です。正月を過ぎれば干支など忘れてしまうのですが、今年は60年ぶりに「丙午」(ひのえうま)なんだとか。

 

 子供の頃、いとこがこの丙午、つまり60年前の1966年生まれで、うちの親や祖母は、何かにつけて、そのいとこのことを「ひのえうま」生まれだから、といっていました。午年、というのは子供の頃から「十二支」の一つですから知っていましたが、「ひのえ」って何だろう、と思っていました。

 

 これは「十干」の方なのですね。よく「干支」とかいて「えと」とよびますが、我々が意識するのは十二支の方で、十干の方を意識することはほとんどありません。甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸、この10個を、きのえ・きのと・ひのえ・ひのと・つちのえ・つちのと・かのえ・かのと・みずのえ・みずのと、とよみならわすわけです。

 

 これに十二支を組み合わせると60通りできて、これが一周すると60歳の「還暦」なわけです。

 

 で、この十干の方をわずかに意識するのは歴史用語で、壬申の乱とか、戊辰戦争とか、辛亥革命とか、こういうのが出てくると、ああ、そうか、と思うわけです。ちなみに野球の「甲子園」というのはこの球場が完成したのが1924年、つまり「甲子=きのえ」の年だからだそうです。十干十二支の始まりの年です。

 

 話は戻って、なぜ「ひのえうま」だけを、ことさらうちの親は強調していたのか、というと、この年の生まれの人って特に女性が「気が強い」とか、「夫を食い殺す」といって忌避されるという迷信があるからなんですね。江戸時代に大火の中で出会った恋人と会いたくて付け火をし、火あぶりの刑になった八百屋お七がこの「ひのえうま」の生まれだったとか、という話もあるそうです。

 

 迷信は迷信なのですが、ところが60年前、1966年って前後の年に比べて出生数が著しく低いんだとか。調べてみると、前後の1965年が182万人、1967年が193万人なのに対して、1966年、前回のひのえうまの年は136万人と大きく落ち込んでいます。60年前と言えばもう高度成長期で、日本も十分近代化していた時代なのですが、それでも出産を忌避する人が多く、「生きている迷信」として話題になったようです。

 

 うちのいとこは男だったので、迷信とは関係なく生まれてきたわけですが、さて、今回のひのえうまの出生数、どうなるんですかね?正月の朝日新聞にこのことが取り上げられて「迷信」として気にしないようにという主旨の記事が載っていました。まあいまどきの人は気にしないでしょうかね?

 

 というか、そもそも「ひのえうま」だろうがそうでなかろうが、超少子化の時代、昨年、2025年はなんと出生数が66万人だそうで、前回のひのえうまの半分程度しかありません。私も独身で子供がいませんからその責任の一端はあるのでしょうが、ちょっとびっくりしますね。

 

 ただでも少ない出生数、今の時代にまさか出生数が激減するとは思えないし、激減したとしてもそれは出生数減少の長期トレンドの一環であると思われますが、来年、2027年の出生数が前値より大幅に増加したらまだ迷信が生きていた、といえなくはなさそうです。

 

 さてどうなるか、今更結婚も子育てもしそうにない私としては野次馬的に見ているしかないのですが、今年と来年の出生数がどうなるか、注目はしておこうと思います。