衆議院選挙中ですね。今回の解散、いろいろネーミングが付けられていますが、私が見た中で一番しっくりきたのは高市首相の「自己承認欲求解散」というものでした。記者会見での発言からそういう感じがしましたね。
それでも情勢調査では自民党が勝ちそうだということです。高市氏の支持率が高いものの、ちょっと低下気味とのことで、このタイミングを狙って解散したのはいいか悪いかは別として、理解できなくはありません。北海道や日本海側は大雪ですし、入試シーズンですが、そこまでの配慮はなかったのでしょう。
さて、今回、解散そのものより驚いたのは、立憲民主党と公明党が合同して「中道改革連合」なる政党を作ったことです。一報を聞いたときには信じられない気持ちでした。公明党は26年間だか自民党と連立してきたわけですが、決して合同しませんでした。一線は引いてきたわけです。
ところが連立を外れた途端、何で急に立憲民主党と合同したのか、政策的には近いところがあるとはいえ、体質は大きく違うはずです。理解しかねるところで、なぜ唐突に合同したのか、内幕についてぜひ知りたいところです。
ところが、以前なら新聞なんかに合同の経緯に関する内幕が報道されたものですが、マスコミの取材力が落ちているのか、その経緯を明確に伝えたものをまだ見ていません。野田氏が一存でやったのか、安住氏あたりが動いたのか、まあ創価学会側はじり貧になるよりは、ということでゴーサインを出したことは推測されるものの、特に立憲側がどう動いたのか、どちらが主導したのかなどが、よくわからず、モヤモヤしています。
どちらも党勢衰退気味、高齢者の支持が多くて若い世代の支持が得られていない、といいますが、「中道」なる党名にしたこと自体、彼らの願望が透けて見えるものの、どうもしっくりきません。
「中道」って、もともと仏教用語のようで、苦行でも快楽でもない悟りへの道、というほどの意味のようですが、公明党が結党当初、保守と革新の中間的存在として「中道政治」という言葉を使い始めたようです。かつて民社党があった時代この党も含めて「中道勢力」と言っていましたね。
ですが今や社会党はなく、後身の社民党は微々たる存在、共産党も退潮気味で、「革新」という用語は使われなくなりましたし、これら「左翼」勢力は衰えています。
一方、参政党や保守党のように「保守」というよりは右翼というべき政党、自民党より右の政党が勢力を増してきています。ということで、実態としては昔より全体が右傾化しており、立憲民主党は旧社会党勢力を取り込んで「リベラル」化したものの、現在の視点から見れば、相対的に「左」に見えてしまいます。
立憲としては旧社会党、あるいは現在の社民党と一線を画す形で我々は「革新」や「左」ではない、「中道」なのだ、とアピールしたかったのでしょうが、我々のような昔を知っている世代ならともかく、今の若い世代にアピールするのはちょっと難しかったのではないでしょうか?その辺に、公明党と立憲民主党の頭の古さが見え隠れするのです。
今の中道というと、国民民主党あたりがあてはまりそうです。立憲側が政策的に公明党の政策にすり寄れるのならば、個人的には私はやはり立憲民主党と国民民主党が合同すべきだったと思いますが、過去の経緯からして、立憲側より国民民主党側に近親憎悪的な感情があるようで、また、国民民主党側にはメリットもあまりないのでしょう。
選挙直前に合同して、参議院や地方ではまだもとの組織は残ったままのようですし、「中道改革連合」なる名前が浸透するかもかなりあやしいと思っています。いまだに「改革」なんて名乗っていないで、せめて「中道民主連合」(略称・民主)ぐらいにしておけばよかったと思いますが、何でこんな名前にしたかなあ、と思います。
まあ一週間後には結果が出るわけで、案外創価学会の組織力が効いて善戦するのかもしれませんが、どうだかなあ、と思いますね。負けた場合はかつての新進党や日本未来の党、あるいは希望の党と同じ道をたどりそうな気がするのですが、杞憂に終わるのでしょうかね?
まあ、生温かく見守っていきたいと思います。