写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。雑記も載せています。

13  乗ったこともないくせに特急「北アルプス」を語る

    私がよく訪問するブログに「ナゲー」さんのブログがあります。この方は岐阜・名古屋周辺の鉄道写真を載せているのですが、中京圏に縁のない私もこの写真に刺激されて一記事書くことにしました。かつての名鉄気動車特急北アルプスについてです。

 

 昔の資料によると「神宮前」発となっています。中途半端な出発点ですが、当時の新名古屋地下駅の容量の関係からでしょうか?新名古屋発となっている資料もあり、実際のところはどうだったのでしょう? 

 

 とにかく、地下駅気動車特急が停車するだけでも珍しい存在ですが、地下を抜けたあと、名鉄犬山線を走ります。そして木曽川を犬山橋という道道路併用橋で渡ります。車と一緒におっかなびっくり橋を渡ったあと、今度は連絡線をすり抜けて国鉄高山本線に入る、という珍列車でした。そして当時の国鉄高山本線を富山まで走りました。当時、国鉄線を走る私鉄特急というのはこの列車ぐらいではなかったかと思います。小田急の「あさぎり」が御殿場まで行っていましたが、当時の国鉄線内は急行扱いだったはずです。

 

 さて、この「北アルプス」富山まで走ったあと、何と今度は富山地方鉄道の路線に入り、立山まで行っていたのです。始発駅の微妙さから始まり、地下線・併用橋・連絡線・国鉄線・山岳線と、ありとあらゆる線区を走る実に面白い列車でした。

 

 私は中京圏に縁がありませんでしたので、この列車には縁がなく、廃止まで乗る機会がありませんでした。ただ、確か一度だけ、高山本線に乗ったとき、駅ですれ違ったような覚えがあります。この列車、特急格上げ前は急行で、急行としては珍しい転換クロスシート、乗り得列車だったそうです。その後特急となって、国鉄キハ82系に似た姿になりましたが、やはりいろいろ違うわけで、写真を見ると一度乗って確かめたかったなあ、と思います。

 

 その後新型になりましたが、乗車率が悪化したらしく2001年に廃止となりました。犬山併用橋も分離され、今ではこのルートをそのままたどることも難しいようです。

 

 繰り言になりますが、これだけの面白い列車、是非乗りたかったものだ、と悔やまれます。

 

 乗車経験もなく、何も知らないのに一記事書いてしまいましたが、それだけ魅力的な
列車だった、ということですね。 

50  朝の鬱

 いま6月ですが、こちらの天気は連日快晴のことが多いのです。ところが私の方は朝の鬱がひどいのです。北海道の夏の朝は早く、4時ぐらいには明るくなるのですが、3時半か4時に目が覚めて、それから鬱が始まります。それからうつらうつらして眠たいけど寝たら起きられなくなりそうで、という状態になります。

 

 そして7時過ぎに出勤するのですが、この時間帯がものすごく辛いのです。天気は晴れ、暑くも寒くもなく、これと言った懸案がない日であっても、憂鬱で先案じばかりして不安が募り、もうダメだ、という状態になります。

 

 先日などは午後を年休にして少し家で休んだあと、眼科に行ったのですが、年休を取ってもダメで、朝の鬱は変わりません。今でもこれなのにこれから秋冬になるとどうなるのだろう、と、そういう先案じをしてしまうのです。それにほんのちょっとしたことでひどく傷つきます

 

 昼食後も眠くなります。若い頃、職場で50代の人が昼過ぎにうつらうつらしていて、なぜだろう、と思っていたのですが、自分もその年になって、似たような現象が起こってきました。これまたどうしたものかと思います。

 

 最近は眼精疲労と鬱を防ぐため、早いときには8時9時に寝てしまいます早朝覚醒はそのせいもあると思います。ただ、すっきり起きることができれば「早寝早起き」ですからいいのですが、そうではありません。眠いのに眠れない、気分も鬱、ということになります。基本ロングスリーパーなので、朝型の人がうらやましいです。

 

  それから、夜だったか早朝だったか、また眼鏡がどこにあるかわからず、うっかり肘をついてひん曲げてしまいました。結局、眼鏡屋に行かざるを得ず、直しに行きました。スペア眼鏡を作った方がいいのでは、といわれましたが、出費が多いので躊躇します。

 

 またパッとしないことを書いてしまいましたね。

32  冷やし中華

   この時期になると、冷やし中華が食べたくなります。私はこの冷やし中華が大好物です。私は札幌ラーメンをあまり好みませんので、ラーメン屋に入ることは少ないのですが、夏場だけは冷やし中華目当てにラーメン屋に入ることがあります。

 

 北海道では、「冷やし中華」とよばずに「冷やしラーメン」と銘打っている店が多いようです。特段に他地方と味の違いはないように思いますが、考えてみれば、いまどき「ラーメン」を「中華そば」とよんでいる店の方が珍しいでしょうから、「冷やしラーメン」でもいいような気がします。「冷麺」という言い方もありますが、これは最近韓国式(というか、北朝鮮平壌が本場なのだそうですが)の「盛岡冷麺」が広まってきたので韓国式、あるいは盛岡冷麺のことを指す言葉として定着しつつあるように思います。

 

 それはさておき、家でも比較的容易に作れる料理ですから、夏場これをよく作ります。タレの付いた麺を買ってきて湯がき、水にさらします。

 

 そういえば確か北海道から九州に移られてそのギャップを漫画にしている「ナツネコ」さんのブログに、そうめんの話だったように思いますが、北海道では氷水を使わず、流水にさらすだけでそうめんを冷やすことができる、という話がありました。

 

 私もその話を読んでから我が北海道ではどうだろう、水だけで大丈夫なんじゃないかな、と思っていたのですが、いざ先日、冷やし中華を作ったときには氷を使わずとも水道水を流すだけで十分冷たい冷やし中華になりました。単に冷凍庫で氷を作るのを忘れていただけですが、北海道の水道水は冷たいのでそれで十分ですね。もっとも、氷があるときは氷も入れて冷やします。本州の水道水では、夏場の流水だけでは十分冷えないかも知れないですね。

 

 水を切って皿に載せ、きざみハム、キュウリ、錦糸卵、あれば紅ショウガを載せます。店で食べると辛子が添えてあることがありますが、私は店で食べるときこそせっかく添えてあるのだから、ということで辛子をタレに混ぜますが、家で食べるときは辛子はつけません。 少し豪華に、というときには焼豚を添えます。 

 

 「五目冷やし中華にするためにはもう一品必要ですが、大概3品+αです。五目めには何を入れればいいのですかね?今、レシピを検索してみましたが、トマトは今ひとつ、もやしを入れるレシピもありましたが、これもなあ、と思います。あとはわかめ、椎茸を甘く煮て千切りにしたもの、これはそうめんみたいですね。やはりあまり欲張らず、3品にしておきましょう。

 

 ただ、これまでは単なる大好物だったこの冷やし中華にもなんだかなあ、という思い出がまとわりつくようになりました。昨年、「人間関係の下手な私とメールのやりとり」で取り上げた、例の知人が「今日の夕食」と称して「冷やし中華」の写真を送ってきたことがありました。

 

 食べ物の写真をおいしそうに撮ることは実は相当なテクニックが必要だそうですが、その写真は普通の写真で、正直なところ、これを見せられてどうこう返答する、というのが難しい写真でした。お世辞で「おいしそうですね」とでも書けばよかったのかも知れませんが、やりとりをめぐってギクシャクし始めていた時期だったこともあり、困惑し、いわゆる「塩対応」になりました。

 

 すると不満だったらしく「他の人は「出前して~」と言ってきますよ」という返答が来ました。私はそういう「ノリ」を好みません。ということでそのあとのギクシャクの一因になってしまいました。

 

 年齢を経るとともに、子供の頃、若い頃には単純に好きだった食べ物・歌、その他のものにも、苦い思い出がまとわりつくことがあります。この冷やし中華もそうなってしまいました。作りながら、あーあ、と思うようになってしまいます。年はとりたくないものですね。

40  知り合いの知り合い

 私は人付き合いが悪く、友人知人が極めて少ない人です。コロナでよかったことの一つに飲み会がなくなったことがある、と思っているくらいですから、これでは人脈が広がりませんね。

 

 そんな私ですが、こんなことがあります。いつだったか覚えていませんが、若いときのことです。幼稚園のときに同じクラスだった子がその後アメリカに留学して、カーター元大統領の娘と知人になったというのです。カーター氏は1977年から81年までアメリカ大統領だった人物ですね。

 

 ということは、どの程度の付き合いがあったか、まではわからないものの、私の知人の知人の父親が元アメリカ大統領、ということになります。現職のバイデン大統領はカーター氏とおなじ民主党ですから、知り合いの関係でしょう。ということは知人の知人の父親の知人がアメリカ大統領、ということになります。

 

 いつだったか、どこかで、知人の関係を4人たどっていけば、世界中の人はみんなつながる、と聞いたことがあります。4人だったのか、もっと多い人数だったのか、わかりませんが、案外そんなものなのかも知れません。

 

 以前にも、知人の親戚が元法務大臣だったと聞いたことがありますし、この人の人脈をたどれば、政治家は相当つながりそうです。「知人の知人」をたどっていけば菅首相も4~5人目にはつながるのかも知れません。

 

 ただ、有名人とつながっているとか、その程度の与太話ならいいのですが、言い換えれば、それはそれだけ世間は狭い、ということを意味します。このブログだって思いがけない人が読んでいるかも知れません。

 

 実は先日来、ちょっとした対人トラブルが起きて、その知人の知人という人がメッセージを送ってきました。知らない人ですし、余計話が大きくなっては困るので、大変困惑し、もちろん返信はしませんでしたが、かなり不気味に思いました。

 

 このブログ、これまで何でもかんでも書いてきましたが、これからは「思いがけない人が読んでいるかもしれない」と思って書いていった方がいいのかも知れませんね。

 

05  タイのたずね植物

 昨日は「香港のたずね歌」という記事を載せました。ということでまた「たずねもの」シリーズです。今回は「タイのたずね植物」です。

 

 昨年の正月明けのコロナ禍直前、タイに行ったわけですが、そのとき、旧泰緬鉄道に乗ったわけです。もちろん、鉄オタとして、タイに来たからには歴史に名高い泰緬鉄道に乗ろう、と張り切って乗ったわけです。結果的には発展途上国の鈍行列車に長時間乗るのは疲れるなあ、と感じたものの、それはそれでいい経験であり、楽しい思い出となっています。

 

 この旧泰緬鉄道、タイとビルマミャンマー)を結ぶために旧日本軍が戦争中に突貫工事でつくらせたもので、有名な「クワイ川鉄橋」と、峡谷地帯の河岸に敷設された「木製桟道」が名物です。特に木製桟道は木の橋の上を普通の鉄道車両がおそるおそる走るというもので、スリル満点。この話は旅行記に書きました。

 

 さて、今日のテーマはこの話ではなく、このクワイ川鉄橋と木製桟道の間の区間、暑くて車両設備は悪いし、往生したのですが、その区間畑に植えられていた木なのです。ひょろひょろしたさほど背の高くない、白いくて細い幹を持った木が畑にまばらに植えられていました。こぶ牛とともにこの区間の景色として印象に残っています。

 

 ところがこの木、「こぶ牛」と違って名前がわかりません。どうも気になっています。明らかに畑と思われる場所に規則的に植えられていましたから、栽培植物のはずです。何という名前で、何のために植えられていたのか、何がとれるのか、それが知りたいのです。

 

 写真があればそれを掲載して聞くことができるのですが、偏屈者ゆえ、カメラを持って行きませんでした。ということで写真はありません

 

 先日家の前の通りの木が「t0zawa」さんという方のブログのおかげで「キングサリ」という名前だというのがわかり、それに触発されてこの記事を書いてみました。

 

 昨日の香港の歌の記事ととともに、あまりあてにせず、「待てば海路の日和あり」、いつかだれか、タイに詳しい方の目に止まることがあれば、と、のんきに構えていくことにします。