写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。雑記も載せています。

20  右頭部の謎の痛み<その2>

 10月になって右頭部に変な痛みを感じるようになり、耳鼻科に行きましたが原因不明。次の水曜日、改めて年休をとり、午後医者に行ってきました。頭皮や骨、あるいは神経系の痛みのようで、いわゆる「頭痛」の症状とは違います。耳鼻科で異状なしとのことで、今度は、皮膚科に行こうかな、と思っていたのですが、職場の人に相談したら「内科の方がいいのでは?」ということでした。

 

 ですが都市部なので、内科もいっぱいあります。消化器科や循環器科とかいう名前を併設しているところはまず除外して、探すと、家から少し離れたところに「家庭医療クリニック」なるところがあります。もっと近い医者もあるのですが、実距離はこの前行った耳鼻科と大差ないです。ここは内科小児科の他「家庭医療科」「総合診療科」と標榜しているので、ここがいいのでは、と思って行ってみました。そういう科があるのか、と思いますし、それなら最初にそこに行けばよかったと思います。

 

 ここはどうも近くにある大きな病院の系列の医院のようでした。行ってみると、若い大学出たてと思われるメガネ男子の医者でした。どうもこのクリニック、大病院の本院にいきなり来るのを避けるためと、若手医師の研修施設を兼ねている施設という印象でした。

 

 かなり丁寧にあれこれ問診してくれたのですが、どうもわからない様子。 医者に「肩こりがひどいだけなのでは?」とか「髪を染めているので頭をかくことがあり、そこからばい菌が入ったのでは?」とか言う話もしたのですが、原因がわからないままでした。

 

 「ちょっと一度外で待ってください」と言うことで待ちます。また呼ばれて行くと、こんどは白髪交じりのベテランらしき医師が一緒にいます。若手医師がわからない場合、後ろに控えているベテラン医師に相談する、ということをやっているようです。

 

 ですが、結局ベテラン医師もよくわからず、「何かの神経系統の痛みでしょう」ということでした。また一度外に出されて、3度目に呼ばれてまた若手医師だけになり、「鎮痛剤を出します」とのことでした。

 

 ところで若い医者があれこれ指さししたり、口を動かしたりして簡易検査的なことをやっているうち、「左の口の動きが変だ」と指摘されました。スマホで動画を撮ってみせられます。もしかしたら脳の機能に異状があるかも知れない、といわれて、本院でMRI検査を受けてください、という羽目に。

 

 翌週水曜日MRI検査で、その次の週に結果を聞きに行く羽目になりました。この前の耳鼻科でも目的の症状と違う「鼻炎」を指摘されましたが、藪蛇です。近頃の医者は、もしかして、といろいろ検査をするのでこういうことになるのでしょう。

 

 横の薬局で薬をもらおうとしたら、「お薬手帳」を忘れたことに気づき、後まわしに。今度はいつも行く札幌駅前の眼科へ。近くにも眼科がいくつかあるのですが、汽車賃がもったいない気がしたものの、結局いつものところにしました。右のまぶたが痛いのです。頭の痛み関連か、と思ったのですが、行ってみるとおでき、つまり「ものもらい」ができているとのこと。こんなのができたのは子供の時以来です。

 

 治療薬といつもの目薬をもらいました。疲れたので駅前では何もせずに帰り、薬局に行くのを忘れていたことに気づき、再度家庭クリニックの横の薬局で薬をもらいました。

 

 飲んでみると耳周りの痛みは軽減した感がありますが、頭頂部の痛みは残っています。この痛み、すごく微妙で髪の毛をそっと触ったり、風が吹いたりすると痛むのに、頭を押しても痛くないのです。職場の人に「年をとると風邪の引き始めにそんなことがありますよ」といわれましたが、そんなところなのでしょうか?

 

 そのうち収まればいいのですが、年とともにあれこれ出てきますね。 

 

19  右頭部の謎の痛み<その1>

    8月から9月にかけて、整骨院通いをした話を以前に書きました。それに連日予約投稿をしていたのでわからなかったと思いますが、メンタル面も不安定です。

 

 さらに、10月に入ったころから、右の頭頂からこめかみ、頬骨、喉のあたりにかけて何かの拍子に「ズキッ」とした痛みが走るようになりました。いわゆる「頭痛」とは違います。骨か皮膚の異常のようです。しばらくしたら治るかな、と思って我慢していたのですが、続いているので、医者に行くことにしました。

 

 ですがこのような場合、一体何科に行けばいいのかがわかりません。どこへ行こうかと考えて、頭頂部のことを考えると変ですが、とりあえず耳・鼻・喉の周りなので耳鼻咽喉科に行くことにしました。

 

 都市部に引っ越したので、これまた駅前の徒歩圏内にあります。田舎町だと隣町にある病院の出張日に行くか、札幌まで出て、ということになりますが、大違い。症状を書いて、「耳鼻科でいいのかわかりませんが、違っていたら何科がいいか教えてください」といって診察を受けました。とりあえず異常なし。

 

 頭のレントゲンを撮って、聴力検査、鼻炎の症状があるそうでなぜか吸入をやらされました。そして、再度診察。やはり異常はないそうです。耳は右の方がよく聞こえているとのことで、右に鼻炎の症状があるそうです。

 

 ということで、何科がいいですか、と聞いたのですが、「帯状疱疹の可能性があるが、4~5日しても発疹が出ていないので可能性は低い」とのこと、皮膚科か脳神経外科に行ってみては、ということでした。原因の思いたるフシは先週肩こりがひどく、マッサージに行って後頭部もマッサージしてもらったことと、髪を染めているのでかゆいときがあり、頭をかいて傷がついてばい菌が入った可能性があります。前者なら脳神経かな、と思うし、後者なら皮膚科かな、と思います。

 

 医者は感じのいい人で、スタッフも感じがよかったですが、医者の場合、原因がわかって治療にならないと意味がありません。初診料や検査料込みで約4800円でした。これで何もわからなかったのできつい出費です。実はこの医者の数軒隣に皮膚科があり、すぐ行ける状況だったのですが、出費の多さに躊躇し、この日は行きませんでした。続くようならまた皮膚科にでも行かなければ。それも異常なしなら、脳神経外科かなあ、と思います。

 

 右足は整骨院通いで3万円以上かけてようやく改善し、つっぱり感はあるものの歩くのには支障がなくなりました。ようやく一安心していたのですが、今度はこれ。まだこの月は長年通院している眼科にも行っていなかったし、毎月医療関係でこのような出費があるのは困りますが、寄る年波ですかね?

 

13  2002年夏の旅行感想<その2>

 旅行記感想続きです。当時残していた断片的な感想を再構成したものですから、ヘンテコですが、よろしければ読んでやってください。この頃からメンタル面でいろいろあって、やさぐれたことを書いていますが、ほぼそのまま載せておきます。あと、やはり足が痛くて、ということを書いています。若い頃から歩き回ると足が痛んだようです。

 

 ゆっくり過ごす町

 奈良京都を慌ただしく回りましたが、私はまだ京都でゆっくり、という心境には至りません。ゆっくり、ということになればやはり実家のある町で、ということになります。その点、以前実家があった福岡より岡山は不便です。福岡のときはバス一本で天神にいけましたが、岡山はJRに乗って、そこから市電に乗り換えて、ということになりますから、繁華街へは全然行かなくなりました。やはり福岡は便利でした。実家が岡山になってから全然出歩いていません。冬に一回史跡めぐりをしただけです。

 

 今後の方針について

 今回行けなかったのが平安神宮知恩院広隆寺・八坂神社・京都御所桂離宮西芳寺高台寺三十三間堂国立博物館南禅寺相国寺上賀茂神社下鴨神社大覚寺・嵯峨野・東福寺・東寺・天竜寺・嵐山・・・思いついたメジャーどころだけでこれだけあります。梅小路機関区や今回中途半端な訪問になった西本願寺妙心寺は再訪したいですし。比叡山延暦寺伏見稲荷伏見桃山城・平等院三井寺石山寺あたりまで含めると最低あと3日ぐらいかかります。

 

 あとは京都の地下鉄試乗、飛鳥や高野山も行ってみたいですし。でも今回やった旅行の仕方で見たことになるのかどうか。まあ一通り見ただけで意味があるのか、ないという感じもして、それなら空しいなあ、という気もするのですが。やはり京都に一度長期滞在して一週間ぐらいじっくり見る必要があるのかもしれません。

 

 当時持っていた感慨

 このところ思うんですけど、大体心の底から行きたいところってもう行ったな、って。そりゃ世界すべて、日本すべて見たわけじゃないですけど、子供の頃からあれはどうしても見たい、あそこはどうしても行きたい、って場所は行ってしまった気がします。後は自慢したいとか、記録や目標を意図的につくってそこを目指しているだけ、物欲的には満足で、あとは若いときの人生やり直したい、とか、そういうのは思うんですけど、それはいまさら詮方ないことですし、違う人生生きてたら、経済的に、あるいは時間的なものか、もっと苦労していただろうし、何かを失ったけど何かは得たんだろうな、あれもこれもではきりがないです。変な話ですけど、ここで死んでも後悔しないですね。あんまり世俗的にいわれる「幸せ」ってのに憧れを持たないし、なんかもういいかな、って気もするこのごろです。お寺ばかり見たせいか、そんなことを考えるようになりました。

 

  現在の感想

 2020年の今、読み返すと、唐招提寺西本願寺が当時修理中で、7年後に完成予定、と書いています。2002年に行ったわけですから、2009年に完成したはずです。当時は遠い先の話でしたが、2009年自体がもう11年前。時の流れは速いものです。その後数年は旅行を続け、今後掲載する旅行記に記録を書いてありますが、2009年頃は諸事情でほとんど旅行に出かけていません。ということで再訪は叶っていないままです。

 

 今回の旅行記を読み返して仏教文化の知識不足が露呈しているな、と思ったので、多少勉強し直して、金閣寺竜安寺など、当時たいして感慨を持たなかったところも含めて、再訪してみてもいいかもしれません。でもまた「足が痛くてそればかりが気になった」という感想を書いてしまいそうです。
  

12  2002年夏の旅行感想<その1>

 この回の旅行は、47都道府県中央郵便局めぐりを完結させて、さて、次はどういうテーマで、と考えながら行った旅行でした。結局、お寺めぐりに行き着きましたが、今になって読み返してみると、これまでの旅行記以上に稚拙で、お寺めぐりをするだけの鑑賞眼と教養に欠けているのが露呈しています。

 

 私はコレクション癖があるので、今度はどれだけ有名寺院を回れるか、ということを記録してコレクションにしようと考えていたのだと思います。そのため、以前団体旅行で行った奈良・京都の寺に改めて行ったものの、何の感慨も残らない、という感想だけが書いてあったりします。当時はまだ御朱印ブームでもなく、存在も知りませんでした。当時知っていたら集めたのではないかと思います。

 

 旅行記にすると、写真も撮らなかったし、一つ一つの寺院の建築や仏像の解説をするだけの力量もありません。読み返すと恥ずかしいので、掲載するのをやめようかとさえ思いましたが、ネタ切れになってしまうので掲載することにしました。

 

 掲載前に改めて調べて補足しようかとも思いましたが、当時の記録を大幅に書き加えて不自然さが増すのではないかと思ったことと、どうせネット情報をまとめるだけになるので見送りました。試行錯誤していたのだと、ご容赦いただきたいところです。ひどい旅行記でした。

 

 それでもまた、今日から2回ほど、当時書いた感想の断片をつなぎ合わせて、現時点での感想も加え、まとめておきます。

 

 餘部鉄橋について

 餘部鉄橋は、以前列車の転落事故がありましたよね。あれから風速制限が厳しくなって山陰線のネックになり、今はほとんど特急も通らない路線になってしまいました。そして、架け替えることになりました。確か高さが一番高いのは九州の高千穂鉄道の鉄橋のはずです。でもここは第三セクター化されたのでJRで今はどこが一番高い鉄橋かは知りません。

 

 <追記>架け替えられてから訪れていません。行っておいてよかったと思います。高千穂鉄道廃線になって久しいですね。

 

 東大寺大仏殿について  

 人がいない大仏殿というのに一度行ってみてもいいかもしれないと思いました。聖武天皇という人はよくわからない人ですが、でかい大仏に救いを求めたのか、独占欲か、そういったことをその場で考えさせる雰囲気は昼間の騒々しい大仏殿にはないですね。

 

 ホテルについて
 鳥取で泊まったスーパーホテルのチェーンはどこにあるのかいちいち確認しませんでしたが、まだ北海道にはないんでしょう。あと、結構あちこちで目立つチェーンにα-1というのもあります。あとドハデ女社長のアパホテル東横インも比較的安いです。サンルートとか、法華クラブが古参ですが、この辺が新興勢力でしょうか?

 

 京都で意外に安く東急ホテルに泊まることになりました。ただ、ホテルの料金はもう少しわかりやすくならないものでしょうか。こういうラッキーなこともあるかもしれませんが、最悪だと当日探して泊まるところがないかもしれませんね。

 

 <追記>当時はインターネットが出始めのころで、インターネット予約をするケースと飛び込みで泊まるケースとがありました。飛び込みの場合、値段がわからず困ることが多かったものです。今はほぼ100%ネット予約で行きます。地下鉄京都駅構内のホテル案内所はいいところを安く紹介してくれるので重宝していましたが、今でもあるのでしょうか?ホテルはこの頃から価格破壊が始まりだして、京都東急ホテルに思いがけず安く泊まれたので、この旅行での大きな思い出になっています。

  

 
 

 

 

 

 

11  ウトウト寝旅~盛岡乗換えで北海道に帰る(2002年8月9日)

 8月9日朝。北海道に帰る日です。せっかくのホテルでしたが早出して、バスで京都駅に向かいます。切符は窓口で当日買い。のぞみとスーパー北斗は指定が取れましたが、やまびことはつかりは満席。しまったな、と思います。

 

 京都7:43発のぞみ44号。東京に着くまでひたすら寝ていました。東京着10:00ちょうど。今回の帰りの日程作成にあたっては東京と盛岡で何時間かずつ過ごしたい、という計画でした。でも本数の多いところから少ないところ行く帰りのルートではうまく時間が取れず、予定作りに苦労しました。結局東京1時間、盛岡1時間という時間しかありません。

 

 しかし、やまびこ満席と聞いて予定どころではなくなりました。やまびこが満席なら自由席で座るために並ばなければいけません。どうせもともと東京は1時間程度では何も出来ませんからさっさとあきらめることにしました。ということで東京ばな奈だけ買って、10:08発臨時やまびこ275号にあわてて乗りました。臨時のせいか、自由席は空いていました。新幹線だと案外指定満席でも自由が空いているときがあるものです。

 

 また寝ていました。今回はよく寝ました。盛岡12:46着。結局東京と盛岡をはかりにかけて盛岡をとった感がありますが、それは今回が最後の盛岡乗換えになる可能性があるからです。八戸に延長になると盛岡の地下街にいけませんからね。ということでお気に入りの盛岡冷麺の店に行きます。もう3回目。また冷麺ビビンバセット。やっぱりおいしい。

 

 この旅行の少し前に札幌駅の地下街に冷麺やビビンバの店が出来たので行ってみましたが非常にまずかったのです。それと比較したせいか、これが最後かと思ったせいかも知れませんが。駅地下の店でもこれだけの水準なら、本場の店はもっとおいしいのでしょうね。盛岡や仙台は食べ物がおいしいのでもっと極めてみたいのですが、あまり縁のないところです。

 

 とはいってもまだかなり時間が余っています。おみやげ物屋でまた好物の萩の月を買いました。「東京ばな奈」と「萩の月」と「札幌タイムズスクエア」は似ているのであとで食べ比べてみようという魂胆です。

 

 まだ時間が余っていたのですが、次の列車も混んでいそうなので早めにホームで並びます。が、まだ一本前の臨時青森行き「はつかり」がホームにいました。これが何と初代寝台電車583系使用の列車なのです!いまどきこれを特急に使うとは信じられませんでした。写真を撮ってる人もいます。

 

 空いていたので衝動的に乗りたいという気持ちになったのですが、青森行きなので乗れません。新幹線だと1枚の自由席特急券で途中出場しない限り乗り継ぎ可能ですが、在来線では駄目ということでしたから。でも多分最後の特急運用でしょうし、惜しかったです。

 

 指をくわえて583系はつかりを見送り、並んで1時間ほど待ちます。ホームには弁当売りの人が何人かいます。私の並んでいる端っこのところには「村井松月堂」のおじさん(というよりじいさん)でしたが、このおじさん、先発の「はつかり」が出て行くとき、いちいち列車にお辞儀をしたり、そうかと思うと巻紙を取り出して「腰の痛いのは辛いものです」などと手紙を書き出したり、なかなか味があります。

 

 そこでビビンバを食べたばかりでしたが、このおじさんから弁当を買いました。ウニ山菜弁当(正確な名前は南部何とかという弁当でした)です。盛岡や仙台の弁当は複数の業者がいて水準が高いのですが、青森は今ひとつなので、夕食用です。青森を過ぎて食べましたが、かなり美味の弁当でした。駅弁や駅周辺でのわずかな経験だけですが、どうも仙台や盛岡よりも青森は全体的に味が落ちる気します。青森でもおいしい店はあるのでしょうが、私にとっては駅関係の食事情が重要ですから。

 

 14:48盛岡発はつかり13号」。485系改良型。今日一番長く乗る列車ですが、なんか冷房の効きが悪いです。まったく効いていないようでもないのですが、汗が出てジメーッとします。それと検札の車掌が来ません。来たら私が言わなくても誰か文句を言ったと思うのですが。そういえば「やまびこ」でも車掌は来ませんでした。JR東日本は検札やめたのでしょうか?

 

 青森を過ぎてからJR北海道の車掌が来ました。またウトウトとしているうち19:13函館着。19:23発スーパー北斗21号」です。夜ですしまたウトウト。20:38着。ということで終わりです。お付き合いありがとうございました。