写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。雑記も載せています。

51  村田英雄「花と竜」

 私がyoutubeで見ている動画は、やはり旅行系と韓国・香港・タイ・台湾・ロシアといった近隣地域のカルチャーに関する動画、それと昔の歌や懐かしいものを紹介する動画が多くなってしまいます。

 

 あれこれ見ていると、「おすすめ」として、各地の懐かしのCMが出てきます。中には大阪の「パルナス」、名古屋の「青柳ういろう」など、自分が知らない地域、ちょっとだけいた地域のCMも出てくるのですが、それでも懐かしさ半分、新鮮さ半分で見入ってしまいます。

 

 ですが、やはり懐かしいのはかつて自分が住んでいた地域のCMです。山口に住んでいたときには福岡の放送が入っていましたから、このあたりの銘菓のCMなど、当時はただ見流していただけですが、30数年ぶりに見ると懐かしさに浸ってしまいます。

 

 その一つが「大蔵住宅」のCMです。福岡の住宅メーカーだったようですが、村田英雄が「花と竜」の歌をバックに「大蔵住宅」と揮毫する、というものです。コメント欄の「小学生の時、クラスの男子が習字の時間に「大蔵住宅」と書いていた」というのを見て笑ってしまいました。

 

 たしか、1980年代後半、久米宏のやっていた「ニュースステーション」を見ていると、11時頃になって流れていた、というCMだったと思います。ただ、この会社、その後倒産してしまったらしいです。

 

 この「花と竜」という歌は、もっと古い歌で、1964年の曲だそうです。火野葦平の小説をテレビドラマ化したときに作られた歌だということです。その時代の話はさすがに知りませんが、今、改めて聞いてみると、今の歌謡界、演歌の世界でさえもこういう男っぽい歌手、歌の系譜が絶えてしまったなあ、と思い、かえって新鮮味を感じ、妙にはまってしまいました。 

 

    村田英雄は大阪や九州を舞台にした歌が多く、西日本の人、という印象があります。一方、三橋美智也は東日本の人、という気がします。昭和30年代にはこういう歌がはやったのですね。

 

 こういう歌が流行歌になる時代は、もうやってこないかもしれないです

 

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66  カルビタンのレトルトパック

    韓国に行くと、必ず食べるものに「カルビタン」があります。骨付き牛肉のスープですが、これが妙に好きなのです。30数年前に韓国に初めて行ったときに気に入りましたが、当時は日本ではあまりおなじみの料理ではなく、なかなか食べることができませんでした。

 

 その後、訪韓するたびに食べていました。韓国の空港で荷物を預けたあと、売店でレトルトパックを買ってしまい、機内に持ち込めないといわれて困った思い出もあります。

 

 ですが、最近は韓国食材店もあちこちにできるようになり、札幌にもいくつかあるようです。私の行動範囲内にも一軒韓国食材店ができましたので、先日はそこで「カルビタン」のレトルトパックを買ってきました。

 

 パックを開け熱して、ご飯の上にかけて食べるだけですが、キムチとネギを添えます。骨なしのものが売っていることもあり、むしろそちらの方が高いのですが、私としてはやはり骨付きのものの方が有り難みがあります。

 

 やはり本場韓国で食べた、大きな骨付き肉の入った「王カルビタン」にはかないませんが、それでもなんとか食べられるようになっただけでもありがたいです。

 

 韓国料理といえば、日本では焼肉屋が中心で、韓国に多い「ソルロンタン」・「コムタン」などといった「タン(湯=スープ)」料理の専門店が広がらないのを不思議に思っているのですが、まあ、当面はこのレトルトをときどき買って食べることにします。

52  はてなスターとこよみモード

   先日、はてなブログの仕様が多少変更されたようです。いちばん大きいのははてなスター」の仕様が変わったのですね。白黒の丸いボタンを押すと、カラフルな丸いボタンが出て、「スターパネル」を開いてはてなスターを押す、という形になりました。こんなことははてなブログをやっている皆さんならご承知のことと思います。

 

 私は保守的な人間ですから、突然こういう仕様を変更されるのはどうも苦手です。一手間増えたな、とか、はてなスターが四角から丸型になって、以前のはてなスターよりも誰がつけたのか見にくくなったな、と思います。

 

 ITの世界では、こういう仕様の変化は日常なので、私がどうこう言っても始まりませんし、私に合わせてくれるわけでもないでしょう。受け入れて、慣れていくしかないですね。まあ、これぐらいなら受け入れざるを得ないかな、というのが現時点での私の感想です。

 

 あと、「こよみモード」に予定投稿が表示されるようになりました。これも今のところ慣れていませんが、そのうち慣れて気にならなくなっていくのでしょうか?それとも違和感を感じ続けることになるのでしょうか?

 

 私の場合、無理矢理毎日投稿を続けている理由に「こよみモード」のカレンダーを記事で埋めなければい気が済まない、ということがあります。この「こよみモード」ですが、前月や翌月に移動することはできるのですが、前年の同じ月に移動するには、12ヶ月分遡っていかなければならず、これは不便だと思っていました。年単位で移動できるようになればいいのに、と思います。

 

 今回の記事は、はてなブログの運営に送ればいい内容ですが、例の連日更新のため、記事としてあげておきます。

 

 

61  海部元首相が亡くなりました

 海部俊樹元首相が亡くなりましたね。91歳だったとか。この人が首相になったのは、平成元年、1989年ですから、もう33年も前、そんなに昔になったのかあ、と思います。あまり実感がわきませんが、91歳なら亡くなってもおかしくない年齢です。

 

 この人は、1989年、リクルート事件や消費税実施、その他農政不信などで自民党竹下登内閣が倒れ、続けて宇野宗佑内閣が「芸者スキャンダル」まで加わって参院選で大敗し、その後を受けて派閥のボスでもないのに、ピンチヒッター的に自民党総裁、首相になった人でした。

 

 たしか、この人が自民党の総裁になったとき、私はちょうど特急「白鳥」に乗っていて、次の自民党総裁、首相が誰になるか気になって車内でラジオを聞いて、海部氏が自民党総裁に選ばれた、というニュースを知った覚えがあります。確か新潟県内を走行中でした。

 

 この人は29歳の29回総選挙で初当選、29年後に首相になると言ってそれを実現させた、という話や、いつも水玉ネクタイをしていた、という話が印象に残っています。首相としては湾岸戦争の折、対米関係で苦労をしたり、1990年の総選挙で自民党大敗の予想を覆したり、ということがありました。

 

 そういうことは追悼記事に載るでしょうが、もうひとつ印象に残っているのは、私がこれまでの人生で唯一見た現職首相なのですね。1991年、社員旅行で東京ディズニーランドに行ったのですが、夕方、退陣を決めた海部首相がディズニーランドに来訪し、そこに偶然出くわした、という思い出があります。

 

 それだけなのですが、他の元首相たちよりも、親しみがありました。ずいぶん長いこと衆議院議員をやったのですが、あと一回当選で50年勤続、というところで落選し、それは果たせなかったはずです。

 

 とにかく、お疲れ様でした、というところですね。

50  ブログ開始後2年2ヶ月目までの状況<その4>

 12月後半のブログ報告です。


 16日42、17日22、18日46、19日4220日45、21日41、22日41、23日37、24日29、25日43、26日56、27日36、28日29、29日24、30日38、31日31、というアクセス数です。

 

 20割れの日もなく、100近くアクセスが入る日もありません。通常運転、という感じですが、そういう場合はこの記事が書きにくいですね。普段の生活でもそうですが、多少の波があった方が記事は書きやすいものです。記事内容も、クリスマスがらみのことを無理矢理記事にでっち上げたものか、あとはぐうたらな生活のことを無理に綴っただけ。

 

 特に後者は顰蹙を買うような内容ですが、そうでもしないとこのブログの毎日更新が続かないのでやむを得ません。強迫神経症というのか、とにかく記事を書かないと気が済まなくなっている、というのになっているのでしょうかね?

 

 毎日毎日、何かちょっとしたことが起こると、これで記事のネタができた、と思う日々が続いています。見てもらいたくない人にも覗かれているのかも知れないし、別にプライベートをあれこれ晒すことはないのですがね。性格上、仕方ないのです。

 

 こだわりのない人生の方が楽に生きられるのでしょうが、どうもこだわりが強くて偏屈なので、力尽きるまで続けていくことになるのかも知れません。特に常連の方々、よろしくお願いします。

 

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