写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。

11 韓国歌謡の「たずね歌」

 4月に「日本の歌・世界の歌」というカテゴリーを作り、いくつか記事を書きました。見直すとやはり韓国・香港などアジアが絡んだ感想が多いですね。そして、ここ数日、また韓国歌謡の記事を書きました。先日の「栄光の太極旗」は、何とか原題を探り当て、聞くことができましたが、とっかかりがつかめないものもあります。今日はその記事です。

 

 韓国の歌と言えば、ときどきラジオを聞いていると、日本の歌にそっくりな歌を耳にすることがあります。その中でいまだにモヤモヤしている曲を2曲ほど教えてもらいたい、ということでこの記事を書いてみました。

 

 1曲目ですが、田原俊彦「原宿キッス」にそっくりな歌です。

    2曲目はチェリッシュの「白いギター」にそっくりな歌。

 

   1曲目は先日紹介した「韓国歌謡トップテン」で紹介されていました。たしか5位ぐらいまで行きましたが、1位にはならなかった記憶があります。「原宿キッス」をスローテンポにしてちょっとマヌケな感じにになった、という印象がありました。

 

 2曲目は数年前に韓国のラジオを聞いていて、どこかで聞いたことがある曲だなあ、何だったっけ?と考えているうち、「あ、『白いギター』だ!」と気づいたものです。

 

 当時韓国では放送で日本語で歌を歌うことは禁止、日本語カバー曲もダメだったはずです。ですからときどき日本の歌謡曲を「パクって」ちょっと変えた程度の歌があったのでしょう。

 

 題名がわからないので、youtube等でも検索して見つけ出すことができないでいます。ごくごく少ない、このブログの読者の方で韓国歌謡に詳しい方がいる可能性は極めて低いのですが、インターネットの世界は広いですから、どこからか教えてくれる方が来訪されることを期待して、一応、この記事を載せておくことにします。よろしくお願いします。

 

  歌の記事はとりあえずここまで。どうも不評ですが、機会があったらまた書きますのでよろしくお願いします。

 

  

10 行事美佳と劇団こまどり「くたばれ北の湖」

   旅行記ブログの穴埋め記事、韓国の歌が続きましたが、今回は日本の歌。と言ってもキワモノですが。どうせキワモノブログですからいいでしょう。

 

 多分岡山に住んでいた小学生の時だったと思うのですが、ローカルラジオ(岡山なので山陽放送のはず)の朝の番組(たぶん「井上いつのりのおはようさん」という番組)という人で「珍盤アワー」というコーナーがありました。毎回珍曲を紹介するのですが、なかには他の番組では絶対かからないような歌を流すこともありました。それゆえ、この番組で40年以上前に一度聞いただけ、でもインパクトが強すぎて忘れられない、という歌がいくつかあります。

 

 そのひとつに「くたばれ北の湖」という歌がありました。1970年代の後半、相撲界では横綱北の湖がたいへん強く、しかしながら「憎らしいほど強い」といわれたように悪役イメージで、人気がありませんでした。そういうわけで、「北の湖が負けると嬉しい」という人が結構いたのでしょう。この歌が作られた背景にはこのような事情があったと思われます。

 

 それでも、よくこんな歌を出せたと思います。この「珍盤アワー」という番組で一度かかっただけですが、あまりの衝撃に40年以上経ったいまでもよく覚えています。この歌の存在そのものはネットにも載っていましたが、残念ながら音源がなく、長年聞くことはできませんでした。ところが先日、ついにyoutubeにアップされたのを見つけ、40数年ぶりに聞くことができました。

 

 昔のウロ覚えどおり、子供が歌う歌で、力士の名を挙げていき、突然「くたばれ!北の湖」というフレーズが挿入される、しかも「♫北の湖~」というところだけ女声コーラスです。なんともシュール。こんな歌を子供に歌わせるなよ、と思います。

 

 ところで、私は小学生のとき、野球嫌いの反動で相撲好きでした。インドア派なので、学校から帰ると夕方に相撲中継を見て勝敗表をつけていました。当時は野球全盛で、相撲は年寄り好み、というイメージがありましたから、子供の頃から偏屈でした。

 

 実は私も北の湖嫌いで、この人がたまに負けると、嬉しくて喜んでいました。鉄オタ(当時そんな言葉ありませんでしたが)でもあった私は、鉄道界では、いちばん速い新幹線が嫌いで、新幹線の雰囲気と北の湖の雰囲気がなんとなく似ているな、どっちも嫌いだけど、と思っていました。

 

 この人は横綱大関以外では、黒姫山とか、富士桜とか、朝潮とか、特定の人にしか負けないのです。同じ横綱でも輪島や若乃花は結構いろんな人に負けるのですが、北の湖はそうではないのです。

 

 それと、蔵間とか、栃光のように絶対に北の湖に勝てない人がいて、それが余計強いというイメージになっていました。大関でも貴ノ花には滅多に負けませんでした。高見山は輪島には時々勝てるのですが、北の湖に対しては横綱になってから一回しか勝っていないはずです。昭和53年(1978年)秋場所。さっき調べてみたらやはりそうでした。小学生の時のことはくだらないことでも正確によく覚えています。

 

 調べるため検索すると、昔の星取り表を載せたサイトがあって見入ってしまいました。今は相撲なんか全く見ないですから、横綱の名前ぐらいは聞いたことがありますが、大関となるとあやふやです。大きくなるにつれて相撲への関心は薄れ、就職してからは時間的に見たくても見ることができなくなって、もう30年以上ロクに相撲を見ていません。そう考えると淋しいですね。
 

sumo-hositori.com


 北の湖は引退後、相撲協会の理事長になりましたが、2015年に亡くなりました。昔の力士とか、アイドルとかが死ぬとか病気とかというニュースを聞くと、「嫌い」だった人でも、惜しいなあという思いを持ちます。昔はよかったという思いと、時は流れて行くのだなあ、という感慨を持ってしまうのです。

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09 ウンバンウル(銀の鈴)姉妹「麻浦終点」(마포 종점)

 不評の歌の記事、しかも韓国の歌が続きますが、ネタがないので書きます。せめて鉄道に関連した歌を。

 

 1968年の歌らしいですが、ウンバンウル姉妹(銀の鈴姉妹)の「麻浦終点」という歌。韓国で言う「トロット」、日本の演歌に相当する曲です。

 

 麻浦というのはソウル駅の西にある地区です。麻浦区というのがあります。今はソウルの中心街の一つといっていいでしょう。若者の街といわれる弘大(ホンデ)があります。私は行ったことがありませんが。

 

 しかし1960年代ぐらいまではソウルの端、と見られていたようです。当時はソウルの南、江南地区がまだ開発されておらず、漢江の北、麻浦地区が町外れ、といった風情だったようです。

 

 ここが当時あった市内電車の終点で、そのうらぶれた雰囲気を歌ったのがこの歌。「夜深い麻浦終点、行く当てのない夜の電車 雨に濡れてお前も立ち 私も立った 川をこえた永登浦に明かりだけおぼろげで…」というような歌詞のようです。漢江を越えた永登浦地区や、今は国会議事堂や63ビル、KBS放送局などがあり、韓国繁栄の象徴的存在となっている漢江の中州、汝矣島(ヨイド)は当時飛行場だったそうで、2番目の歌詞に「汝矣島飛行場」なるものが出てきます。

 

 韓国にはソウルと釜山に市内電車があったそうなので、古写真を検索すると、南大門をぐるりと周回する路面電車の写真を見ることができます。かなりボロだったようですね。

 

 この歌ができた1968年に廃止され、1974年に地下鉄ができます。地下鉄の開通日に朴大統領狙撃事件があり、夫人が亡くなったのでした。

 

 今は韓国で路面電車を見ることができません。どこかに保存されているという話はネットで見かけました。

 

 ところで、このウンバンウル姉妹、日本のこまどり姉妹にそっくりです。おそらく日本のこまどり姉妹の人気を知って結成されたものでしょう。韓国は日本のパラレルワールドで、「韓国の○○」という存在を容易に見いだすことができます。

 

 「韓国の美空ひばり」が「イ・ミジャ」、「韓国の東大・早稲田・慶応」がそれぞれ「ソウル大・高麗大・延世大」と言った具合。そういうのを見つけるのも韓国の魅力です。こまどり姉妹が着物姿なのに対し、ウンバンウル姉妹はチマチョゴリ姿です。

 

  でも、こまどり姉妹が三味線を持って歌うことが多いのに対し、韓国で三味線に相当する楽器が思い浮かびませんね。琴は「カヤグム」という琴がありますけど。

 

 ウンバンウル姉妹とこまどり姉妹のコラボを見てみたいものですが、実現は難しいのでしょうかね?どうもこちらの方はこまどり姉妹と違い、双子ではなく、メンバーチェンジがあり、その後亡くなった方も出て、さらにメンバーが替わったようです。

 

 ウンバンウル (은방울)というのも辞書では「銀鈴」「銀の鈴」とでてきますが、「スズラン」という意味もあるようで、Google翻訳では「スズラン姉妹」となります。現地ではどちらで認識されているのでしょうか?わからないことが多いのに記事にするのもどうかと思いましたが、印象に残った歌だったのでとりあえず掲載します。

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08  ヒョンスク「栄光の太極旗~乾坤坎離青紅白」(건곤감리 청홍백)

  昨日、1984年頃に「ああ大韓民国」という歌が「韓国歌謡トップテン」の第一位だった、という話を書きました。そのとき、「愛国歌謡ブーム」だったのか、政権側が仕組んだのか、とにかく、他にも下位にいくつかの「愛国歌謡」がランクインしていた覚えがある、ということも書きました。「ああ大韓民国」の他に「栄光の太極旗」という歌がランクインしていたことを覚えています。「太極旗」は韓国の国旗のことですね。

 

 そこまで書いて、あの曲はどんな歌だったのか、「テグキ(太極旗)ヨ-」というサビのフレーズだけ覚えていたのですが、改めて聞いてみたくなりました。そこで、「栄光の太極旗」で検索したのですが、出てきません。

 

 しかしあれこれ検索しているうち、「건곤감리 청홍백」なる歌が出てきました。ヒョンスク(현숙)という歌手が歌っていたようです。聞いてみると、「栄光の太極旗」はこの曲です。しかし題名が違います。直訳では「영광의 태극기」のはずです。この原題は何を意味するのだろう、と思いました。

 

 後ろの「청홍백」という部分は「青紅白」であることが推測されます。韓国の国旗である「太極旗」に使われている三色です。では前半の「건곤감리」とは何なのか。どうも韓国の国旗の四隅にある印を意味するのではないか、と推測をつけます。しかしハングル表記なので漢字がわかりません。Google翻訳にかけると「乾坤監理」となります。

 

 「乾坤」で、あっ、 「乾坤一擲」の「乾坤」かあ、と思います。これは何を意味しているのだろう、もしかして韓国の国旗の四隅についている4つのややこしいマークのことか?と気づきます。しかしまだ「감리」がわかりません。4つのマークのうち2つを意味しているのだろう、とは思いますが。

 

 さらに検索を続けていくと、「乾(けん)・坤(こん)・坎(かん)・離(り)」であるようです。つまり、「건곤감리 청홍백」の直訳は「乾坤坎離青紅白」となるわけです。これではラジオで日本人に紹介しようとしてもわからないでしょうから、「栄光の太極旗」という題名で紹介したものと思われます。

 

 では、どのマークが「乾」で、どれが「坤」なのか?…

 

 このあたりで泥沼に陥ります。歌のことを調べているのに、国旗の由来の話になり、易学の八卦・四卦とか、中国哲学とそれらに対する韓国・朝鮮の受容についての知識がありません。韓国の国旗の由来、という深みにはまり込んでしまいました。ウィキペディアなどにいろいろ書いてありますが、まだ理解に至っていません。

 

 ということで今回はここまで。どなたか中国思想や朝鮮・韓国への受容、あるいはこの歌について、ご指摘いただけると嬉しいですが、これも期待薄ですかね。比較的最近と思われる映像がありました。(上が当時のもの、下が比較的最近と思われるもの)民主化されても歌われることがあるようです。

 

 ということで検索で引っかかることを期待して筆(?)を置きます。

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07 チョン・スラ「ああ大韓民国」(아!대한민국)

 先日日本と韓国の歌の話を書きましたが、どうも旅行記以上に不評のようです。ですがネタ切れ回避で今回から数回、また歌の思い出の記事を書きます。稚拙な記事で、わからないことも多いのですが、情報をお持ちの方はお知らせください。

 

 今回も韓国歌謡。チョン・スラの「ああ大韓民国という歌。

 

 1980年代に私は「ザ・ベストテン」が好きで、かつ、韓国の国際日本語放送「ラジオ韓国」で放送されていた「韓国歌謡トップテン」をよく聞いていたことを書きました。

 

 確か1983年か84年頃だったと思うのですが、この「韓国歌謡トップテン」でずっと1位を続けていたのが、この「ああ大韓民国」。いわゆる「愛国歌謡」です。当時韓国は全斗煥の軍事政権下でした。愛国心高揚のため、こんな歌が作られたのでしょう。しかし「ザ・ベストテン」を毎週見ていた身としては、こんな歌が1位になるというあまりの国情の違いに唖然とし、かつそれ故に韓国という国に興味を持ったわけです。

 

 88年に初めて韓国に行って、歌のカセットテープを買いましたが、当時は最後に「健全歌謡」が入っていました。「韓国歌謡トップテン」も最後に「健全歌謡」を持ってきたのかもしれません。それであれば「官製ヒット曲」ですね。軍事政権が公営放送のヒットチャートに介入するのはわけなかったでしょうし、あるいは局側で忖度したのかもしれません。

 

 ですがいつもこの手の歌が1位になっていたわけではなく、いつもは日本でもおなじみになった、チョーヨンピルなどが1位でしたし、83~84年前後だけにこの手の曲がヒットチャートに入っていたようです。他にも「栄光の太極旗」と日本語で紹介されていた曲なども、いくつか、下位に入っていたように思います。「愛国歌謡ブーム」なのかなあ、と思っていました。

 

    あるいは「官製」ではなく、実際に韓国の経済成長の波に乗って、本当に人々の間で支持されてヒットしたのか、その辺の当時の事情はよくわかりません。ただ、民主化された現在でもyoutubeで彼女がライブで歌っている比較的最近と思われる映像を見ることができ、当時、ある程度は本当にヒットしたのかな、と思われます。当時私はラジオを聞いて不思議に思っていただけでしたから、その辺の事情をご存じの方がいらっしゃいましたら、是非当時の様子をお聞きしたいものです。

 

下の動画は1983年の「歌謡大賞」の映像のようです。新人賞だったようですね。

 

 

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