写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。

11 2015年の韓国旅行記を終えて(2015年1月)

    2015年の韓国旅行記が終わりました。読んでくださった方、ありがとうございました。当時感じていたこと、今こうして投稿する際に思ったことをまとめておきます。

 

 旅行のきっかけ
 このときの旅行は韓国版ストリートビューである「ロードビュー」を見ているうちに久しぶりに行きたくなり、10数年ぶりの再訪韓を果たしたというわけでした。その間は諸事情で韓国どころではありませんでした。そのためこのときの旅行はソウルの街歩きが中心となっています。地方には行きませんでした。

 旅行をしているときはいつも、浮世離れしている分、現実に戻ったときと落差が大きいですね。ですがソウルで暮らしている人たちも毎日嫌な思いしている人がいっぱいいるのでしょう。それで北海道にでも旅行して現実逃避したいな、と思っているのかも知れません。

 このとき訪れた北村地区は、起伏が激しく、年を取ったら歩きにくそうでした。起伏が激しいので、ソウルの街が一望できるよい景色も見られるのですが、きっと年を取ったら、あそこ歩き回ったなあ、懐かしいなあ、もう行けないかも知れない、と思ってロードビューを見ることになるのではないでしょうか。

 

 韓医院と体調について

 韓医院には2019年にも再訪しました。このときも「トライアルコース」というのを頼みました。ただ、いくら感じがよかったからといって19万ウォンといったら、約2万円ですし、仮にソウルに住んでいても、そうおいそれと定期通院するわけにもいきません。日本のマッサージ屋でも定期的に鍼を打ってもらっているのですが、それでも根本的には改善しませんし、気休めみたいなものだろうと思います。

 

 韓医院は健康保険がきくのだろうか、ということが疑問で、2019年のときに先生に質問しました。日本の保険制度でも、どうすれば鍼灸に保険がきくのかよくわからないところがあります。どうもこの手の韓医院は、「漢方ダイエット」とか、「美容鍼」とか、そういうのを主眼にしているようです。

 

 9万ウォンで買ったお茶は結局半年ほどで全部なくなりました。一時は職場に持って行こうかと思ったくらいで、やはりオーダーメイドだからか、口に合うようです。ただし、このときの旅行中、帰国後、便秘気味になり、これを飲んだせいかな、という気がしないでもありませんでした。結局、2019年の時にもう一度韓方茶を買いました。

 

 あと、このときは韓国で風邪をもらってきたようで、しばらく風邪を引いていました。韓国もすごく清潔になっていましたが、トイレにある消毒スプレーとウォッシュレットだけにはお目にかかりませんでした。

 

 

 韓国語について

 このときは会話がほとんどなく、わずかな会話のときも、聞き取りが全然できなかったのでどうしたものか、と思っていました。まあ、「話す」という行為は自分が文章をつくることができるまで自分を自分で待てるが、「聞く」というのは相手が待ってくれないので「話す」よりよほど難しいのだ、と書いてある記事を目にしたことがあります。2019年の旅行の際には、このときの反省から2時間の韓国語レッスンを入れましたが、さすがに2時間では不十分すぎます。私は積極的なタイプでもなく、切実に韓国語を必要とする環境にもないため、ハングルを読める、という以上のレベルには達していません。いつかは…思いながら長い年月がたってしまいました。

 

 反日」について
 このとき、白砂マウルやソウル駅裏の街歩きがスムーズに行って、時間に余裕があったので、刑務所歴史館を訪れたのですが、正直に言って、薮蛇でした。ソウルの街で「反日」ということをほとんど感じないので、ショックだった部分もあります。出てくるとき、「歴史って知る必要があるのかな?」と思って出て来ました。歴史というものは知りたい人が趣味的に知るだけでいいのかも知れません。

 今後について

 さて、ブログ開始約2ヶ月。早速ネタ切れで、古い旅行記まで引っ張り出してしまいました。あまり需要がないとは思いますが、読んでくださった方の感想をいただけるととてもとても嬉しいです。

 なお、これから、12月中は試行錯誤をしてみようと、旅行以外の記事をいくつか載せることを考えています。好評か不評か、どっちに転ぶでしょうか?

 

10 5日目仁川空港から帰国(2015年1月12日)

 1月13日月曜日。朝早起きします。テレビで「モダン国楽」とでも言うべき、伝統音楽をアレンジした演奏会をやっていました。背景に韓国周辺の地図が描いてあって、korea、China、Japanと書いてあるのはいいとして、「竹島」のところに「Dokdo」とわざわざ表示しています。おやおやと思います。ホテルで前日「明日は5時に出発します」と伝えてあったせいか、ちゃんとフロントのおじさんがいました。

 

  すぐ裏の大通りからリムジンバスがでています。5:00発のバスに乗りました。交通カードが使えて、はじめ30000ウォンチャージしたときには多すぎるかな、と思いましたが、地下鉄で約14000ウォン使って、リムジンが15000ウォンで残り750ウォン。ちょうどうまく使えました。

 

 はじめ1人だったのにだんだん増えていきます。昔、夜のソウルの街はキリスト教会の赤い十字架のネオンだらけでびっくりしました。次に多いのが緑の十字の薬局でしたが、今は昔ほど目立ちません。それだけネオンサインが多くなったのでしょうね。寝ぼけていたので6:15ぐらいだったかに仁川空港到着。早朝なのにごった返しています。

 

 ジンエアーの窓口を見つけ、並んで手続き。今度は荷物も多いので預けます。スムーズに済んでほっとしたので、横の売店カルビタンのパック入りのものを買います。これが大失敗でした。

 

 出国手続き。前の人は見送りの韓国人とペラペラしゃべっていたので、韓国人かと思ったら、連れの人とは日本語でしゃべり、日本のパスポートを見せていたので、日本人と判明。あんなに流暢で、いいなあ、自分はダメだなあ、と思います。ですがこの日本人、「出発時間に間に合わない、どうしよう」といっていました。

 

    次に荷物検査、と進んだところで、さっき買ったカルビタンのパックが引っかかって、日本語を使える人が呼ばれて、「これは飛行機に持ち込めません」と言われます。で、いったん窓口に戻って預けるか、あきらめるか、を決めなければいけなくなりました。時間に余裕があったし、もったいないので、戻ることにしました。

 

    特別の出口からでて、ジンエアーの窓口に行き、「ダメ」と言われたので、これを預けたい、と日韓英3カ国語プラスボディランゲージですが、相手に伝わらなかったらしく、たまたま日本語のできる職員が通りかかったので、改めて言うと、「小さい荷物なので保障できませんが、一応預かります」ということで、小さい箱に入れられました。そのあと、最初に応対した職員が片言英語でいろいろ言うのですが、だいたいわかったものの、最後がわかりませんので焦ります。あとで思うと「ゲート3」と言っていたのですが、その「ゲート」が聞き取れなかかったので「スリー?」と何度も聞き返してしまいました。

 

 ということで、日本出入国、外国出入国の時一番難儀なのは外国出国のときだなあ、と感じました。千歳や入国はスムーズでしたので、寝ぼけてなめていました。

 

 それからもまごつきまくりで、搭乗場所をまず間違えて、どこにあるのかわからないので案内員に聞くと、例によって質問できるのに答えがわからない状態。ようやく行きの時乗った無人地下鉄で別棟に移動するとわかりました。それで焦ります。まあそれでも乗って別棟に着いて搭乗口が見つかったのでホッとしました。今度はリベンジでこちらの案内員トイレの場所を聞きます。あらかじめ案内板で確認していたので、今度は答えが「左側」とわかります。単なる会話練習です。

 

 ドタバタしたのであまったウォンの両替ができず、仕方ないので使い果たそうと思います。まず、軽食店で「キムパプ」韓国海苔巻き)を頼みます。ところが「オートメーションオーダー」というのですが、これがよくわかりません。どうもフードコート式なのですが、韓国料理を出す窓口に行くと違うと手振りで示され、人が集まっているところに行くとロッテリアだったり、ようやくカフェみたいな窓口に自動で注文が入り、とりに行くというシステムがわかるまで一苦労でした。韓国料理でも軽食なので、軽食窓口から出るのがわからなかったのですね。窓口の雰囲気が洋食っぽかったので。

 

   30000ウォン残っていたのでそのうち28000ウォンぐらい使って高麗人参ドリンクを購入。こんなもの普段買いませんが、金を使い切るためです。液体なのに、こちらは持ち込みOKなのかしら、と思います。搭乗口前で売っているので、当然OKでしたが。不思議に思って帰ってからあけると、栓が独特で、吹き出したりしないよう工夫されているようでしたが、最初開け方がわからず、相当苦労して一本目はこぼしてしまいました。

 

 焦りまくりましたが、何とか乗り込み成功。9:05出発LJ231便。満席。窓際で離陸直後ソウルの中心部が一望できました。今回快晴続きで、朝鮮半島は行きも帰りもよく見えました。軽食はおにぎりと行きと同じカステラみたいな菓子は出ますが、ジュースは有料。ウォンがドル払いで、行きは買えなかったので、帰りは残ったウォンで買います。2000ウォン。で、日本海を突っ切って、青森上空でまた下が見えました。

 

    函館、苫小牧。横の韓国人のおばさんがのぞき込むので、「ここ苫小牧です」といいます。そこから話をしました。今回誰かとゆっくり話す、ということがなかったので、このおばさんとの会話が一番が長い韓国語会話になりました。お互いこういうヒマなときでないと、片言で延々とはなすことはできませんね。ソウルの街中では買い物がらみの短い会話で、ちょっと意思が疎通できないと日本語か片言英語に切り替えられてしまいます。そのまた横にも連れのおばさんがいて、そのおばさんが私のことを「かっこいい」と言っている、と最初に話した横のおばさんが伝えてくれました。滅多に言われないことですからありがたいことです。まあ、ここに書いていいのかどうか。

 

    たぶん定時11:35千歳着。荷物は無事出て来ました。入国審査官は行きの時にも見かけたロン毛マスクの今どき男子君で、韓国にはいないタイプですから、ああいう人が審査官していると韓国の人は面食らうだろうなあ、と思います。韓国では男はカリアゲ君ばかりでした。たまにパーマかけている人もいましたが。服はジーンズとなぜかアディダスの細身ジャージが流行っているらしく、よく見かけました。チノパンはほとんどいませんでした。日本側の連休最終日なのに、ロン毛審査官君担当の日本人の審査台に行ったのは何と私ひとりでびっくり。後ろを見ても1人いるかいないか。いやいやいやと思います。

 

 仁川空港で相当疲れたので、札幌に寄るのをやめてまっすぐに帰ることにしました。
 長々と読みにくい文章読んでくださり、ありがとうございました。

09 4日目ソウル夕方 デパートめぐり(2015年1月11日)

 パッとしないので、地下鉄3号線独立門駅から戻って忠武路駅、ここで4号線に乗り換えて明洞駅。このあたりでデパートめぐり。まず近くの新世界百貨店。地下に入っておみやげでも買おうかと思ったのですが、混んでいる上に非常に高い。韓国菓子でも非常に高くて手が出ません。ここは日本時代の三越の建物が本館になっていて、以前は真ん中を突っ切って両脇から翼を広げたような特徴的な階段が残っていました。それでもう一度それをみたいと思って中に入ったのですが、改装されて、階段の突っ切った部分はなくなっていました。その代わり奥にエスカレーターができていましたが、ほとんど誰もいません。どうもこの本館超高級ブランド売り場になってったようで、退散。新世界デパートは気位の高いデパートになってしまったなあ、という印象を持って出て来ました。日本語のパンフレットもなかったし。

 

 新世界百貨店でも気晴らしできなかったので、ロッテ百貨店へ。こちらも混んでいました。とりあえず上に上がりました。食堂街参鶏湯を食べます。ここは以前にも入ったことのある店です。ちょっとへこみ気味ですし、店を探すのも面倒なので、ここで食べることにしました。14000ウォン。高いです。キムチも今まで食べた中では一番ダメでした。まあ参鶏湯は普通。店員が途中で塩を入れるようにという仕草をしました。有名デパートの中の割にはあまりガイドブックにも出ていない店ですので、それなりなのかな、と思って出て来ました。  

 

 ですが地下の食料品売り場は混雑していたものの、買いやすい感じです。日本人の好みそうな店舗構成。さすがロッテは在日資本だけあってわかっているねえ、と少し機嫌がなおります。韓国の餅菓子やコチュジャンお土産用の韓国菓子もまあ妥当な価格でした。安くはありませんでしたが、新世界ほどのべらぼうな値段ではありません。ですが外国人客は今やほとんど中国系のようで、「チャイナ?」と聞かれたりしました。日本語を使う店員もいたのですが、賞味期限のことを聞くと、うまく意思疎通できませんでした。

 

 まあそれでも、ロッテはいいな、と思って乙支路入口駅から地下鉄2号線市庁駅で乗り換えて1号線。ここで乗り間違えて逆のソウル駅に行ってしまいました。このあたりで老婆に東大門歴史公園はこれでいいのか、と聞かれましたが、うまく答えられません。老婆は改めて別の人に聞いていました。

 

 改めて鍾路3街駅へ。メモにはそう書いてあるのですが、あれ、鍾閣駅だったかも。というのは、そのあと本屋へ行って、結局国史と世界史の参考書兼問題集みたいな本を買ったのです。その本屋は鍾閣駅の地下直結だったはずです。今回記憶が結構曖昧です。レジでいつも精算したあとに何か一言言われるのですが、それがわかりません。たぶん「袋に入れますか?」と言っているのだろうと推測して、事前にホテルの人に「袋」というのを聞いておきました。ビニール袋でも封筒=ポントゥというのだそうです。

 

 支払ったあと、例によって何か店員が言います。「ポントゥ」「ピルヨ(必要)」というのが聞き取れましたので、「必要です」と言いました。店員は変な顔をしていましたが、とにかく袋に入れてくれました。意思疎通が成功したのか、してないのか、微妙なところです。

 

 コンビニ焼酎を買って飲んで寝ました。焼酎は小瓶でしたが、ひとりでは多すぎです。ですが以前よりアルコール度数が下がったようで、なんとか飲みきりました。  

08 4日目ソウル午後 駅裏の町並み探索と西大門刑務所歴史館(2015年1月11日)

   まだ13時半ぐらいです。今度はソウル駅の裏口にでて、ブログに紹介されていて興味を持った、ソウル有数の古い理髪店を探索してみます。これも、やはり以前ロードビューで数日間探索して事前に確認しておきました。ソウル駅の裏は丘になっています。駅裏で鯛焼きの屋台がでていたので、これを買います。1つ、と指で注文したのに、3つでした。どうも3個セット、ということだったようです。たしか1000ウォン。日本のより小さくて少しふにゃっとしています。

 それを食べつつ、裏道の坂を上り、表通りにでます。歩いてみると、丘の上からソウルの街が広がり、そのまた向こうの山の上にソウルタワーがある、という絶景ポイントがありました。ソウルは結構眺めのいい、絵になるポイントが多い町だなあ、と思います。

 しばらく行くと、その理髪店に行く入口の「万里市場」が見つかり、その通りの坂を歩きます。そこを過ぎてしばらくいって、右手を注目していると、お目当ての理髪店が見つかりました。「ソンウ理容院(성우이용원)」と言うようです。やはり、かなりキョーレツなオンボロ建築。

 

 これ、ロードビューで探したときは3日ぐらいかかったのに、実際に行くと、何ら迷わずに一発で見つけられました。やはりロードビューはすごいな、と思います。こんなところを探しにソウルの街を何日間もウロウロするわけにも行きませんから。便利なものです。店のおじさんが働いているのが見えましたが、動画で見たら、じょうろで頭を洗っているような店なので、さすがに入る気ははじめからなく、前から眺めるだけです。

 坂を反対方向に下りて、孝昌公園というところにでようと思ったのですが、途中の淑明女子大という大学の前で、何らかの行事があったらしく、道路が大混雑。若い女の子がたくさん走って出て来ます。道路を横断できない感じです。そこで曲がって、女の子たちの集団にまぎれて歩くことにしましたが、下り坂とはいえ、なぜ走っている子が多いのか不明。とにかく、淑大入口という地下鉄4号線の駅に到着しました。

 

   ここからがはっきりしないのですが、淑大入口から、そこからどうやら4号線で忠武路駅に行き、3号線に乗り換えて独立門駅にいったようです。でもソウル駅で1号線に乗り換え、鍾路3街でさらに3号線に乗り換えたような。でもそんなまどろっこしいことはしなかったような。たぶん前者でしょう。ソウルの地下鉄も入り組んでいて、どこをどう行ったのか、判然としないところがあります。

 

 ここに西大門刑務所歴史館」というのがあります。政治犯を収容していた刑務所を博物館にしているのですね。で、ここも入場料を払って入りますが、きっぷのもぎりを忘れて、「エクスキューズミー」とでかい声で呼び止められました。

 

   刑務所の中に、どんな人が収容されていたか、という展示や、拷問のジオラマがあります。政治犯ですから、日本からの独立運動をして捕まった人と、あと独立後の民主化運動をして捕まっていた人が並列で説明板に掲示されています。子供連れやカップルも結構います。

 

 説明板を読むと、半分ぐらいは解読できます。ちょっと大げさではないかと思いつつ、読めるところは読んでいました。ただ、時間がかかりますから、全部は見れません。それでも、じっくり読んでいると、歴史関係だからか、結構読めるなあ、と得意になっていると、持っていた日本語のパンフレットが落ちてしまいました。しっかり持っていたので、もしかしたら他の客に、はたき落とされたのかもしれません。それともスレ違いざまに偶然落ちたのかもしれませんが、前者だとすれば、イヤーな感じです。

 

   こんなに反日的な展示ばかりでは、日本人にカチンと来る人もいるかも知れないなあ、と思って、あまり来るところではなかったなあ、と思ってしまいました。そう考えるとどうも居心地が悪くなって、一通り見ましたが、かなりへこんでしまいました。まあ日本国が悪いので、私が恨まれたわけではない、と思いながらも。

 

 でも、拷問部屋で拷問用の棺みたいなのに入ってふざけた記念写真を撮ったりする人も見かけましたから、現代韓国人には拷問のまねも一種のアトラクションになっているのかな、とは思いましたが。

 

 へこんで出て来たのですが、横に独立門があります。パリの凱旋門風の門で、以前は道路の真ん中にあったようですが、今は邪魔なので脇に移設されています。この門、日清戦争後に中国清朝との宗属関係がなくなったことを記念して建てた門なのですが、「独立門」という名前なので、日本からの独立運動のためにつくった門だと勘違いしている人が多いそうです。植民地時代の刑務所の横にあるので、なおさらそう思う人が多いだろうなあ、と思います。

 

  

07 4日目ソウル午前中 白砂マウル・ソウル駅など(2015年1月11日)

   4日目、1月11日日曜日。昨日は起きたら8時でびっくりしたので、目覚まし時計を借りて早めに起きます。効いていなかったオンドルは布団を温めるらしく、起きたら寝汗をかいていました。

 

 今日は昨日に引き続いて韓国版ストリートビューである、ロードビューで見て興味を惹かれた街めぐりです。

 

 まず、ソウルの最奥部にある「最後のタルトンネ=丘に広がるスラム街」である「白砂マウル」見物。昨日の北村地区でさえ注目されるようになったのは最近ですから、ここは本当にマニアックです。地下鉄だけでは行けません。路線バス初乗りです。88年に大学の時一度ぐらい乗りましたが、このときは韓国人学生引率のもと、集団で乗りましたから、ひとりではじめて。失敗すればとんでもない時間ロスになるので、不安です。

 

 とにかく、以前読んだブログの案内をメモしておいたので、それに沿って行きます。その前に昨日行きそびれた楽園洞一帯を見物。ここには、道路の上に楽器ショップが入っている「楽園商街」というビルが建っていて、日本にはないので面白いです。ですが朝早く、店も開いていなさそうなので建物を見るだけ。どうやら口論しているおじさんたちがいます。この奥も迷路のような小路がありますが、7時過ぎでまだ夜明け前。ウロウロしただけで終わりました。ここもロードビューの通り。

 

 地下鉄1号線で、鍾路3街から出発。途中で国鉄に乗り入れるので、地上区間に出たら、ようやく夜明け、といったところでした。道峰山というところで降りて、7号線に乗り換え。下渓という駅で降ります。郊外の団地街です。ここでバスに乗ります。ブログには白砂マウルの入口まで行く、いくつかのバス路線が紹介されていたのですが、見つけたバス停にはそのうち1141番の表示があります。ところがそれがなかなか来ません。バス停の案内を眺めていると、どうやらそれ以外の路線でも大丈夫そうです。ということで、1221番というのが来たので、それに乗りました。

 

    韓国のバスは乱暴な運転をすると聞いていたので心配でしたが、乗るときの運転士の愛想もよく、運転も乱暴という印象はなかったです。終点まで乗っていればよいらしい、ということがわかり、団地街を回って、最後はひとりになりましたが、無事目的地の中渓本洞というところに着きました。ここがいろんなバスの終点になっているようです。

 

 そこから奥に入っていくと、近代的な団地街が一転してスラム街になる、ということになるのですが、これまたロードビューで見た通りです。全然迷いませんでした。坂を登っていきます。確かにオンボロな家が並んでいます。屋根をビニールシートで覆っている家もあります。ですが結構いい車が前に止めてあったりします。思ったほど貧困でないのかもしれません。ただ、ほとんどの家が練炭を使っているようで、練炭の形をしたピンク色の灰が置いてある家が多いです。「タルトンネにアートを」という運動があると聞いていましたが、やはりソウル芸術高校、と書いている壁画があったり、あちこちにペンキ絵の壁画が描いてありました。

 

 上まで上がって降りてまた上がって、というのを繰り返すとしんどいです。ここの人たちはこれを毎日やっているのかなあ、と思います。まあ今は車を使う人が多いのでしょうが。オンボロな教会から賛美歌が聞こえてきます。これは何ともいい感じでした。

 

 坂道の脇にはゴミがたくさん落ちています。これはスラム街っぽいです。ここは保存されるという情報もあったので、将来、北村みたいに観光的に開発されるのかも知れません。今のところ壁画を除くと、そういう雰囲気ではなく、さりとて治安が悪そう、という感じでもなく、まあ、いって良かったかな、という感じでした。

 

 タルトンネを一通り回って降ります。中渓本洞のバスの終点に戻りますが、たくさんバスがあってどれに乗ればいいかわかりません。まあどれに乗ってもどこかの地下鉄の駅に着くのだろう、と思って、1142番のバスに乗り込みます。ソウルのバスは幹線が青、支線が緑に塗ってあります。行き帰りとも緑のバスです。バスも地下鉄と共通の交通カードでOKでした。しばらく乗っていると地下鉄上渓駅というところに着いたので、そこで降ります。そこから4号線双門駅へ。

 

 ここは88年に行ったとき、ホームステイさせてもらった家があったところです。ところがロードビューで見てもどうもそのときの面影が全くないので、どうなっているのか探検です。

 

 記録に残っているのを見ると、この駅で降りて、放鶴1洞というところにある家に行ったことになっていますが、これがまず変。駅からその放鶴1洞まで、かなりの距離があり、30分ぐらい歩きます。実際に行っても全然思い出しません。

 

 確か高圧線のある住宅街の通りを少し歩いたくらいでたどり着いたはずですが、ロードビューで見てもその高圧線がどうしても見つかりませんでした。そのときはホームステイ先の韓国人大学生のお兄さんに連れられて歩いたのですが、他人について歩くと、やはり地理感覚ができないのでしょうかないのでしょうか?それとも大規模な再開発をやったのか、根本的に間違っているのか、よくわかりません。

 

 日曜なので教会の前に人が立っているのですが、その教会の前をウロウロするので、怪しまれたのではないかと思います。だいたい住居表示が変更になっていて、旧住所は一部の家に表示されているだけで、これもあてになりません。結局全然見当つかないまま、あきらめて国鉄放鶴駅へ。この駅はどうもその家があったらしきところからすぐで、ますますおかしいなあ、と思います。まあその家に手紙でも送ったらよかったのかもしれませんが、27年ぶりに突然そんなことしてもなあ、と思ったのでしませんでした。

 

 放鶴駅から1号線倉洞、そこで乗り換えて4号線ソウル駅。ロッテのアウトレットがありました。それをちらっと見て、両替窓口があったので両替。物価が思ったより高かったので1万円追加で両替です。日曜なので混んでいます。30人待ちでした。窓口の女性は、ちょっとでも来なかったらすぐ次の番号を呼び出すので、思ったより進むのが早いですが、呼ばれたらすぐ行かないと飛ばされるので番号をしっかり確認しておかなければなりません。

 

 この窓口をやっている銀行は企業銀行といって、横の広告には、「企業銀行は誰でも利用できる銀行です」と書いてあり、韓国版のど自慢の司会をしている、「宋海」という老タレントの写真が入っていました。どうやらこの銀行、韓国の一般民には企業間取引をする銀行、というイメージを持たれているのかなあ、と思います。ようやく順番が来て、両替。1万円で9万ウォンにしかなりません。円安だなあ、と思います。

 

 そのあと駅の上の韓国料理店に入ります。腹具合がいまいちですが、せっかく韓国に来たので韓国料理を食べたいです。そこであっさりとした冷麺を頼みました。平壌式のムル(水)冷麺という、辛くないやつです。冬なのにどうかな、とは思いましたが。麺は非常に細く、店員がはさみで切っていきます。これもかなりおいしかったです。7000ウォン。