写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。雑記も載せています。

19 4日目午後 旧泰緬鉄道復路<その2>(2020年1月10日)

 旧泰緬鉄道復路の続きです。

 

 きっつい旅でしたが、15:45分頃、どこかの駅を過ぎて、突如、車販が多数行ったり来たりするようになります。ようやく弁当売りらしき人がやってきます。手のひらサイズの小さなミニ弁当で、バナナの葉に包んでいます。何種類もあって、ゆで卵を半分に割ったものを載せてあるご飯や、チキン系らしきものもありました。これはガイドブックに載っていましたが、その中から豚肉を上に載せたご飯を買います。

 

 おかずもあり、シューマイ・あるいは餃子の類、ただし平べったくてひしゃげた形。皮の色は緑のものもあります。これを手のひらサイズの小さなパックに3つほど入れてあります。これも買いました。計20バーツ。1つ10バーツですね。ご飯の豚肉はまた激辛。水がありませんが食べます。

 

 ひしゃげたシューマイみたいなものはおいしいですが、タレのビニール袋を輪ゴムで固く止めてあって、これを開けるのに一苦労。こぼしたら拭くものがありませんので、時間をかけて慎重にあけます。こぼさずに済みました。まあ、ようやくありついた食事なので、激辛とは言えおいしいです。むしろ少量なので、もう1つ買えばよかったかな、と思います。

 他の車販は、葉物野菜らしきものを売っている売り子や紙に包んだ何らかの食べ物らしきものを売る売り子などでしたが、こんなものを買っても何なのか、どうやって食べるのかわかりませんので見送ります。サラダ的に食べるのか、野菜を売っているだけなのか、それとも、そもそも食べ物ではないのか、判断がつきませんでした。

 

 やっとを売りに来たので20バーツでこれを買い、ティッシュを濡らしてようやく手や顔を拭くことができました。車販が乗ると同時に温度も下がったのか、夕方の風が吹くような感じとなり、一息つきます。耐えがたい状態からは何とか脱することができました。しかしまだまだです。弁当売りが戻ってきましたが、もう2・3個しか残っていませんでした。よく売れたようです。

 何とかジャンクション、あとで確認したら、ノーンプラドゥクジャンクションです。ここで朝にも青いDD51が数台停まっていた車庫を見かけましたが、帰りに見るとヘッドマークをつけています。どうも北斗星と書いてあります。三脚をおいて撮影をしている数名の人がいます。おそらく日本から来た鉄道ファンでしょう。ヘッドマークは持参したのか、タイ側が用意しているのかわかりませんが、きっと数年前まで北斗星を牽引していたんだろうな、と思います。

 

 寒い北海道から熱帯へ、私も同じ立場ですが、ご苦労様なことです。でも、営業運転では全くDD51を見かけませんでしたから、営業運転に使うことがあるのでしょうか?

 だんだんバンコク近郊の感じになってきますが、まだまだ先があります。このあたりの線路は幹線化している感じがあります。17:00頃、大きな駅に停まりました。多分ジャンクション的な駅です。(地図を見るとタリンチャン・ジャンクションという駅があります)。路線図を見ると、この前後で別の列車に乗り換えるとファランポーン駅に直行できるようですが、かなり遠回りになるようです。時刻表もないので、このまま乗り続けることにしました。

 

 でも、ここでまた事件。しばらく停まったあと、列車は何と逆走を始めます。何なんだ、せっかくバンコクまであと一歩なのに、また変なことにならないだろうな、と思います。ですが、ポイントを渡りながらしばらく行って停まり、また進行方向に向かって走り始めました。ホッとしました。多分トンブリー駅への支線に入るためか、あるいは分割併合をしたのだろうと思います。ですが、結構ここで停まったりしていましたので、到着は遅れるかな、と思っていました。

 高架道路があるかと思えば、バンコクの下町のスラム街らしきところを走ったりします。タイの車窓を眺めると、ときどき水路にペットボトルやゴミが浮かんでいて、先進国よりも、むしろ発展途上国のこういうプラゴミ問題が海洋汚染の原因じゃないの?と思います。下町の駅に停まりながら、列車は進み、トンブリー駅着、定刻17:40のところ、17:37分頃に早着。逆走の件があったので、遅れるかと思ったのですが、全く意外でした。