写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。雑記も載せています。

02  岡山表町商店街(2003年12月)

 2003年末に岡山の商店街を歩いたときの感想です。当時の視点で書いています。この日の正確な日付は不明でした。ぶらり外出ですから、記録に残っていないのですね。

 

 岡山ではずいぶんだらけていたのでせっかく行ったのに外にも出ずに引きこもり的でした。まあそれでも一回(12月29日か30日)に岡山市へ出ていきました。
 
 岡山の町は戦後復興期を連想させる町並みです。というのはだだっ広い道路の両脇に低層のビルが並んでいるということもあるし、戦後まもなくつくられたロータリー交差点の跡が残っていて、交差点を凹円型の崩れかけたビルが囲んでいたりするところがあったせいかも知れないです。「岡ビル百貨店」という復興マーケットみたいな市場も営業していて家族総出で働く魚屋では、小学生の子供が「お魚買って~」と呼び込んでいます。

 

 どうも岡山の町の中心部は高度成長期かせいぜい1970年代で基本的に成長が止まってしまい、以後大々的な再開発が行われなかったようです。1970年代後半に岡山に住んでいたとき、休みに金沢へ行くと明らかに岡山の方が都会という印象があったのですが、近頃は以前ほどにはそんな差は感じなくなっています。おそらく1972年の新幹線岡山開通のときに大々的に再開発され、以後基本的にはそのままということになってしまったのではないかと思われます。中心部の天満屋デパートも小学生のときと同じ建物ですし。金沢はその間に追いついたのでしょう。

 

 この天満屋デパートの脇に岡山一の目抜き通りの表町商店街があるので一通り歩いてみました。驚いたのはいまだに結構人通りが多いこと、その割に旧態依然とした店が多いことです。呉服屋や仏具屋、お茶屋といった店が目立つし、中にはディスプレーも何もなく、ガラス戸を通してみると畳敷きがあって婆さんが店番しているだけという呉服店もありました。あと時代に取り残されたような「○○ラジオ商会」というくたびれた電気店も複数ありました。さすがに電球とか、小物しか売っていないようでしたが。あと鏡屋とか、帽子店のような絶滅寸前の商売をしている店も見かけました。

 

 全国的には中心商店街は郊外に客を奪われて「シャッター通り」と化しているところが多いのですが、この商店街のありようには少々驚きを禁じ得ませんでした。以前人口40万人以上が中心商店街が生き残れるかどうかの分岐点と何かで読みましたが、60万都市の底力でしょうか。呉服屋や仏具屋が生き残っているのはもしかしたら相対的にこうした業種は郊外型店舗ができにくく、老舗が生き残りやすいからかもしれません。しかし岡山の町で仏壇や着物にそれだけの需要があるのかかなり不思議でした。京都や金沢ならともかく。

 

 札幌の町を見慣れた目からは買いたいものもあまりない商店街でしたが、興味をそそられました。以後商店街巡りでもしてみようかな、と思わせられました。