写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。雑記も載せています。

17 4日目ウラジオストク夕方 バスに乗って金門橋へ(2019年8月6日)

 8月6日(火)の15時か16時頃でしょうか?ひと休憩のあと、ホテルを出ます。まだ時間があるので、どこかへ行こうかな、と思います。坂を下ってまた登ります。

 

 その前に、さっき町歩きをしているとき、「foreign exchange」の表示を見かけました。どうやら外貨両替をしてくれる銀行があるようです。午前中のアイスが意外と高かったりしたのと、空港で替えた5000ルーブル札は記念に残しておこうかな、と思ったので、それを除くと、もう1000ルーブルちょっとぐらいしかありません。ですからここで1万円追加で両替。

 

 中に入ると、扉を開けて個室に入り、そこで係員に両替してもらうシステム。物々しかったですが、手続きはスムーズです。これまで1ルーブル=2円、あるいはそれより円安の感覚でいたのですが、ここで1万円両替すると1000ルーブル札6枚になって戻ってきました。つまり6000ルーブル。あれ、っと思いました。5枚ぐらいだろうと思っていたので。これはレートがいいです。今改めて計算すると、1ルーブル=1.67円ほどになりますね。

 

 ここまで、ウラジオストクいまいち、と思うことが多かったのですが、ここで機嫌がよくなります。でも最初からロシアの銀行で両替すればよかった、とも思いますが、到着日は土曜だったので仕方ないところです。なお、どこでも端数の小銭はくれませんでした。韓国台湾だと小銭もくれるのですが。
 
 町の中心部に中国語の表示があり、緑っぽいガラス張りに見える宝石店があり、ここが目印になります。この辺が一番の繁華街に見えますが、坂道です。町歩きなのに登山をしているのではないかと思ってしまいます。

 

 ちょっと迷いましたが、このあたりから出るという、15番バスというのに乗ります。ウラジオストクはキオスクが歩道上のあちこちにあり、飲み物も売っていますが、コカコーラマークの冷蔵棚を備えているキオスクはは少なく、ここにあるキオスクの飲み物も生ぬるそうなので見送ります。バス停が2つあり、どちらから乗るのかわからないので、待っていると、もうひとつの方に15番バスは来るようです。わずかな距離ですが、坂道なのでしんどいです。

 

 とにかく乗りました。このバスは、朝に見た金門橋を渡ります。バスに乗っているとウラジオストクの町を大回りします。どうもそういうルートらしいということは知っていたのですが、それにしてもなかなか橋のたもとに行き着きません。不安になったところで高速道路風の近代的な道路になり、インターチェンジみたいなところを通ります。

 

 ようやく朝来た鷲の巣展望台のところに来たようです。で、その後しばらくしてを渡ります。斜張橋というのでしょうか、瀬戸大橋の一部にこういう橋があった気がしますが、かなり高いところから海峡のような入江を眺めるので、これは見事な景色でした。展望台よりも眺めがよかったです。あまりの暑さに疲れ、ホテルでは「もう帰りたい」と思ったりしたのですが、来てよかったです。

 

 橋を下りたところでマリインスキー劇場があります。ロシア語では「オペラとバレエの劇場」というバス停のようでした。ガラス張りの新しい建物です。橋の対岸が、橋ができたことで開発されたのでしょう。

 陸橋を渡って反対側のバス停に行き、戻ります。すぐバスが来ました。ところがこれが韓中日混成と思われる若者で混んでいます。本来あと乗りのようですが、前から乗っていいかというふりをするといいという感じだったので前から乗ります。もちろん座れませんでした。若者たちは、バラバラに乗ったのでしょうが、いろんな言語が聞こえてきます。

 

 そこで、気づいたのですが、このバスはもっと奥に行くと、「ルースキー橋」という、金門橋よりもっと長い橋を渡って水族館まで行くそうです。ですからそこら辺まで行った人が帰ってきたのでしょう。そこまで行けばよかったか、と思いましたが、もう遅いのであきらめます。また眺めのよい橋を渡り、ウラジオストクの町を大回りします。郊外のスーパーの前を通ったりして、買い物したいのですが、どこだかわからないところで降りるのも不安なので見送ります。終点まで乗って降ります。この往復も各23ルーブルの運賃でした。

 

 ハバロフスクの市電と違い、バスの運転手は男性ばかりでした。町で見かけた一般車は日本車が主力でしたが、ホテルのテレビはどこでもLGとかの韓国メーカーのもの。車でもバスは韓国製のようでした。「DAEWOO」というと、韓国で昔破綻した「大宇」の車です。このバスが結構いました。韓国の中古車なのかなあ、と思います。