やたらにこういうことを書いていますが、もう全然旅行に行けていませんし、テレビも見ませんので、youtubeばかりを見ているわけです。youtubeのあり方についても思うところはいろいろあるのですが、それとりあえず置いといて、よく見るyoutube動画のジャンルの一つに、韓国人youtuberがアップしている日本語動画があります。
韓国語と日本語は類似性が高いので、上手な人は日本語がネイティブ並みです。そういう人がゴロゴロいます。先日、日韓の店員比較のこの動画を見つけて、あまりの面白さに何度も興味深く見入ってしまいました。
私もこうして零細ブロガーをやっている訳ですが、彼らの才能の豊かさに唖然とします。youtuberはもちろん、ブロガーであっても、こういう才能と努力がないとダメだな、と面白がる一方で反省させられます。
話が脱線しがちで軌道修正するのに苦労しているのですが、今日の主題は、youtube動画の紹介ではなく、これを見て思い出したこと。つまり「日本の接客のあり方」です。
この動画は日韓の店員の比較を誇張して面白おかしく紹介しているわけですが、コメント欄には「サービスを受けるなら日本、働くなら韓国」というものがみられます。
日本の接客はよく世界一、といわれますが、確かに心地いいですね。近頃はお店だけではなく、若い医者なんかも妙に愛想よく、接客の訓練を受けてきたのではないか、と思う人がいます。
韓国に行くと、そこまで愛想はよくないし、以前釜山の土産店で買う気なさそうなそぶりで眺めていると「ちゃんと見てください!」と怒られた経験すらあります。
韓国あたりはまだマシで、これがロシアに行くと、店員のやる気のなさは半端ないです。平気で寝ているし、挨拶もなし。「ありがとう」も言いません。こちらから「スパシーバ(ありがとう)」というと「パジャールスタ(どういたしまして)」という人がいればいい方です。ちょっとしたことを聞いてもつっけんどんです。
さすがに航空会社のカウンターやホテル・高級店ではそれなりでしたが、ロシアの接客レベルというのは、短期の旅行であればお国柄の違いを面白がっていられますが、長期滞在では店に行くのが嫌になってくるだろうな、というレベルです。
28年前のロシア訪問はソ連崩壊直後でしたが、買い物をすると一度紙をもらってレジで精算し、それが済むと戻って品物を受け取る、というシステムでした。レジの人は座ってレジ打ちをし、客が動く、というシステムです。旧東ドイツでもエレベーターおじさん(ガールではない)は備え付けの椅子に座ってエレベーターを操作していましたし、社会主義国ではサービスより労働者を優先しているのだな、と感じたものです。
いくつかの外国での経験がありますが、店員と客である私の語学力の問題もあるし、日本でもいまいちな接客をされる場合もあります。でも、やはり日本の接客がいちばんだな、と思います。
しかし逆説的にいうと、これが日本で「コミュ障」を生み出している原因のひとつではないか、と感じることがあるのです。客として店での心地よい「接客」に慣れていると、それ以外の日常的なコミュニケーションをがさつに感じてしまい、苦手になってしまうという側面があるように思います。
とりあえず私がそうで、消費者として生活する分にはス-パーなどでは無言ですみますし、接客のある店に入るのにちょっと勇気がいりますが、不愉快な思いをすることは0ではないにしろ、少ないものです。
ですが職業生活をする上では、きついものがあります。私はいわゆる「接客」をする職種ではありませんが、それでもコミュニケーション能力が低い私がきつい言い方をされて、へこんでしまうことは日常茶飯事です。「接客」の丁寧で人を不快にさせないコミュニケーションスタイルに慣れすぎて、一般のコミュニケーションスタイルであっても苦手になってしまうのですね。そして「仕事をする側」としての私はコミュ力を求められるので日々苦闘しているわけです。「接客」が求められる商売だったらもっと病んでいたかも知れません。
よく三波春夫の「お客様は神様です」という言葉が一人歩きしたからこうなったのだ、と言われることがありますが、日本の「過剰」な接客のありよう、その功罪、というものを考え直してもいいかもしれません。