写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。雑記も載せています。

13 セマウル号でソウルへ(2000年1月10日)

 セマウル号ディーゼルで、先頭車と最後尾が動力車です。機関車牽引とディーゼルカーの中間的な動力集中型をとっています。座席は普通室ですが、ややくたびれていましたが日本のグリーン車並み。足のせつきのリクライニングシートです。しかし私のリクライニングは倒れませんでした。

 横は予想通り日韓共同きっぷを持った日本人でした。どうやら「ソニックよりいい」とか言っていましたから、九州の人でしょう。女性3人連れですが、ばかでかいトランクを持っていたので私の席にまではみだします。しばらくしてやたら礼儀正しい車掌が来て、女性が頼むと上の棚に持ち上げて入れてくれたので落ち着きました。しかし車掌は検札をしませんでした。代わりに女性係員が駅を出発するごとにメモを取るだけです。これで済むのなら、日本でも採用すればいいのに、と思いますが、これでいいのでしょうか? 

 釜山を出発して、しばらく町中を走ります。昔は貧民街みたいのが見えた気がするのですが、そういうのはないようでした。しばらくすると洛東江に沿って走ります。この路線(京釜線)の見所は、やはり川でしょう。日本にはない水量豊かでゆったり流れる大陸的な川です。山の雰囲気も少し違う気がします。

 そうこうするうち、東大邱着。大邱は日本で言うと名古屋ぐらいの地位の都市ですが、なぜか大邱駅ではなく、東大邱駅に停まります。ここを出てから食堂車に出かけました。歩いてみると、曲線が多く、やたら揺れます。それとスピード感あふれるデザインの割にはとろとろ走る区間もあります。満席状態でした。食堂は空いていましたが、日本ではこの3月改正で昼行の食堂車が全廃されますから、昼間の食堂車体験はこれから外国でしかできなくなります。韓国式の18000ウォンの弁当をとりました。さすが辛いですが、しかしおいしいです。満足して戻りました。

 ここで韓国の鉄道について説明しておきます。軌間は、標準軌。ほぼ非電化(軍事的要請でしょう)。列車はセマウル(新しい村・昔セマウル運動という農村更生運動が盛んだったときの名残)号の他、無窮花(むくげ・韓国の国花)号、統一号があります。ただ、統一号は今は区間運転だけなので、だいたい「ひかり」にあたるのが「セマウル」、「こだま」的列車が「無窮花」だと考えておけばいいでしょう。

 地方都市でも10階建て以上のマンションが多く、しかも色使いがパステルカラーで、日本的感覚とは違います。あと教会が多いです。たまに韓国式の反り返った屋根を持つ古い家があると異国を感じます。

 途中で「高速電鉄」の高架が見えました。これは韓国版新幹線として造っていたものですが、なんやかんやで建設が大幅に遅れていたものです。でも進捗状況を見ると、完成まであと一歩のようです。これが最後の在来線乗車になるかも知れません。

 大田や天安などといった町に停まり、水原を過ぎるとソウル都市圏に入ります。ここからは電化されています。ソウルの新市街に入り、ソウル一高い63ビルや高層アパート群が見えると、「ソウル賛歌」という歌が流れてきます。おー、ソウルに来たか、という気がします。ところが漢江の長い鉄橋を渡ると、旧市街にはいるので、町がくすんできて「何だ」という感じになります。ということでソウル14:24着。隣の女性グループは「セマウル号気に入った」といっていました。

 では次はソウルの話を書きます。