写真のない旅行記

カメラを持たずに旅した記録です。雑記も載せています。

24  やめるのは難しい

 3月は卒業シーズンです。学校では卒業式があります。小学生・中学生の頃には卒業式に多少感傷的になったものでしたが、高校、大学となるにつれてその感傷も薄れていきました。高校の卒業時は、大学受験の結果が気がかりで卒業式なんか上の空でしたし、大学の卒業式もまたか、という感じでした。今考えると、大学の卒業式はもう少し感慨をもって臨むべきでしたが、4回目、あるいは幼稚園を含めると5回目だなあ、と思う程度でした。

 

 ところが就職をしてからは「卒業」というものがないのです。一度転職経験があり、職場の異動はありましたが、社会人に「卒業」はありません。あるのは「定年退職」ですが、これは中年を迎えた私ですらまだまだ先。あと何年、と毎日のように指折り数えているのですが、そこまで持たないかな、という思いが日々強くなっています。しかも定年延長の話が出ているようで、ゴールポストを動かされたような感じ。仕事がない、と嘆いている方には贅沢な悩みといわれるでしょうが、私はどうも仕事面ではパッとしないので、このような話が出てくると、どこかで踏ん切りをつけようかな、早期退職しようかな、という誘惑が頭をよぎります。

 

 社会人になると、定年までは「解雇」か「自主退職」しかありません。解雇は向こうから言ってくるのでショックですが、選択の余地がない場合がほとんどでしょう。「自主退職」はやはり勇気が要ります。先の見えない世界へ突き進むのですから。一度だけ転職経験がありますが、私の場合は先に転職先を決めて、それを伝えるという形でした。それでもやはり、申し出るときは相当の覚悟が要りました。

 

 という私ですから、ちょっとしたことをやめるのが非常に苦手なのです。とかくフェードアウト、ということになりがちです。なじみの店に行くのをやめたり、習い事をやめたりするのがどうも苦手です。ズルズルと続けて、もういいや、と思っても言い出しかねて、そのまま行かなくなったこともあります。先日の美容室もこれまで同じところに16年も通い続けていたので、踏ん切りが付かず、2ヶ月も髪を切らずにいたので変に思われていたのでした。

 

 はじめるよりやめることの方が難しいな、と思います。ですからやめる時のことを考えると、はじめることにも躊躇してしまい、何事にも消極的になってしまいます。

 

 ですから卒業、のような区切りの付け方がある場合はいいな、と思うのです。仕事はともかくとしても、習い事やその他のことにも何らかの区切り、卒業的なものがあればいいのに、と思うことがあります。

 

    このブログの連日更新も、何度もやめたい、と書いているくせに止まっていません。冷静に考えればやめた方がいいのに、やめられないでいます。これが私の悪いところです。

 

 ところで、世間一般でも、特に政治的なこと、制度的なことは、一度出来てしまうとやめるのが難しいものです。以前、「もとに戻そう」という記事を書きましたが、現実的には新しく出来た制度がうまく行かなかった場合でも、やめること、もとに戻すのはとても難しいことで、なかなかなくなりません。

 

 施設やインフラなどの場合はなおさらで、ローカル線廃止だって相当のエネルギーを使うのに、先日書いた北海道新幹線なんか、大赤字だった場合、すぐ廃止というわけにもいかないでしょう。オリンピックもやめられずに問題を起こしつつもやってしまう雲行きです。大丈夫なのですかね?

 

   いろいろなものごとにどこかで「卒業」的な区切りがあればいいのに、と思うこの頃です。